悪夢と元専属従者(1)
☆★☆
「んんっ、ここ、は……?」
意識が浮上し、リーザはゆっくりと瞼を開く。しかし、この空間に見覚えがない。視線だけで辺りを窺っても、こんなにも可愛らしい家具が配置された部屋をリーザは知らない。そう思いながら身体を起こせば、ひどい頭痛がリーザを襲った。その瞬間、自身が突然意識を失い倒れてしまったことを思い出す。
(……ここ、もしかして、夢の中……?)
自身が寝ていた寝台に触れてみるが、その感触はどこかおぼつかない。立ち上がり床に足をつけてみるものの、何処かぐにゃっとしているようであり、ここが現実ではないということはすぐに理解できた。やはり、ここは夢の中らしい。……何故自分がこんなにもリアルな夢を見ているのかは分からないが、まずは脱出方法を探らなければ。そう思い、リーザは窓に近づいてカーテンを開けたのだが……その先は、黒。景色も何もない。窓を開けようと頑張ってみるものの、開く気配はない。さらに、ここから逆方向に移動し部屋の扉を開けようとして見るものの、扉もびくともしない。……出ることは無理そうだ。
(これが私の生み出した空間だとしても、私にこんな少女趣味はないわよ……!)
振り返ってフリルやレースをイメージした家具を見ていると、そんなことを思ってしまう。自身が身に纏っているワンピースも、ふんだんにフリルのあしらわれたとても可愛らしいものだ。多分、似合っていないことはないのだが、十代後半でこの格好はいささか恥ずかしい。リーザにそう思わせるぐらいには、可愛らしいデザインのものだった。
「……はぁ、どうしよう」
その場で崩れ落ちれば、床が一瞬ぐにゃりと歪む。……どうにも、この空間は不完全らしい。リーザの動きに合わせて床が歪むのは、その証拠だろう。
「ううん、こんなところで立ち止まってなんていられないわ。きちんと脱出する方法を考えなくちゃ」
しかし、リーザはそう思い直し現実に戻る。現実にある自分の身体が眠ったままならば、ニコラス側も動いてくれるだろう。そう言う信頼は確かにあった。それでも、完全に任せるということは出来なかった。絶対に自らも動いた方が早くに物事が解決する。根性で何とかなることではないだろうが、それでも根性で何とかしたい。
「とりあえず、一番脆そうなのが床なのよね」
床をぺちぺちと叩いてみればその度にぐにゃりと歪む。やはり、ここを何とかするしかないだろう。ハンマーか何かがあれば床を思いっきり叩くのに。……こんな、少女趣味の部屋にハンマーはないか。一瞬だけ思い浮かんだ考えを振り払いながら、リーザはただ床をぺちぺちと叩き、足でトントンと攻撃する。床は少しは歪むものの、決定打にはなっていないようだ。
「……どうにか、脱出出来たら――」
「――脱出して、どうするというのですか?」
「っつ!」
リーザが茫然と呟いた言葉に、誰かが言葉を返してくる。この空間には、自分しかいないはずなのに。そう思い、驚いて周りを見渡せば部屋のソファーに一人の青年が腰かけていた。可愛らしいデザインのソファーに腰かけるその青年は、顔こそ見えないものの間違いなく男性。その何処か不釣り合いな組み合わせに笑うことも出来ず、リーザはその場で座ったまま後ずさりをする。
「ここからは、どう足掻いても出られませんよ。……ここは、貴女と俺の箱庭なのですから」
「……何を、言って」
「正直、あの女が暴走してグリーングラスの男ではなく、貴女を呪った時は内臓が怒りで焼けそうでしたよ。でも、よくよく考えれば俺が貴女の夢の中に入って愛してあげればいいんだって、思って。……そうすれば、俺は貴女と一緒に暮らせる」
青年のその言葉を聞いて、リーザはまた後ずさった。しかし、すぐに家具に阻まれてしまい後ずさりも出来なくなる。その青年は、ゆっくりと立ち上がるとリーザの側に寄ってきた。その青年の顔は、フードを目深にかぶっていることもあり、はっきりと見えない。それでも、その声には確かに覚えがあった。それでも、声の主がはっきりと思い出せないのは、記憶に靄がかかったようになっているから。
「……だ、れ」
手首を青年に掴まれた瞬間、リーザの身体は身震いした。その後、青年はリーザのその態度も気にした風もなくリーザの腕を撫でてくる。その手つきはまさに下心満載とばかりであり、リーザは恐怖から身体を露骨に震わせてしまった。ニコラスにならば、触れられても構わない。しかし、それ以外の男は嫌だった。
「来ないでっ! 触らないでっ!」
そう思ったら、その青年を思い切り拒絶した。その青年の胸を押し、自らから遠ざける。それでも青年はめげないのか、「……貴女は、俺のことを思い出してくれない」とぼやくと、リーザの腕を掴み自らの方に引き寄せる。その瞬間、青年の被っていたフードが外れ……顔が露わになる。その瞬間、リーザの脳内に「封じられていた」記憶が一気に蘇ってきた。
「……お嬢様。俺をお忘れだなんて、ひどいですよね」
「る、ルーカス……」
「はい、この世で最もお嬢様を愛しているルーカスですよ」
濃い青色の短髪。鋭く吊り上がった赤色の目。そして、右目付近に付いたひどい傷。その顔を見たとき、リーザは思い出した。
――何故か、自らがずっと忘れていた元専属従者、ルーカス・ヴェンバリの存在を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます