(自称)最強の魔女ローゼマリーの話
「さてさて、まずは何から話そうか」
小屋にたどり着いたニコラスは、目の前で優雅に足を組み椅子に座るローゼマリーを見つめていた。その目はニコラスの考えていることなど何もかもお見通しだとでも言いたげであり、少し怯んでしまいそうになる。だが、怯んでいる暇などない。何とかして、リーザを救わなくてはならないためだ。
「……俺は、貴女に妻を救ってほしくて、ここに来た」
「あぁ、それは知っているさ。占いで出ていたからね」
ニコラスの言葉に、ローゼマリーは退屈そうに大きなあくびを零した。その態度はかなり腹の立つものだが、ローゼマリーとその側に控えるダリアに嫌われてはリーザを救うことはできない。そう思い、ニコラスは湧き上がる怒りの気持ちをグッとこらえた。
「……じゃあ、とりあえず。あたしがここに来たきっかけからでも話そうか」
「そんな物必要ないだろう。……俺は、どんなことでもする。だから、まずはリーザを……」
「お黙り。あたしは話を聞かない男は嫌いなんだよ」
ローゼマリーはニコラスのことを指さし、堂々とそう告げた。それに対して、ニコラスは俯き唇をかみしめることしか出来ない。ニコラスは今まで、人にこんな態度を取られたことがなくて。だからこそ、余計に戸惑ってしまうのだろう。
そして、ダリア曰くオリンドは隣の部屋で眠っているらしい。全く、このタイミングで眠ることができるなど羨ましいではないか。ニコラス自身は、とんでもなく面倒な魔女を相手にしているというのに。それでも耐えることができあのは……リーザを救うという確たる決意があったためだ。
「さて、あたしはこの国で最も力の強い魔女だ。……まぁ、自称だけれどね」
「自称なのか。ならばそれは嘘だろう」
「失礼な輩だ。レディに体重と年齢を訊くぐらい、失礼なことを言うね」
そう言ったローゼマリーは、突然立ち上がるとダリアに対して手を差し出す。そうすれば、ダリアは一冊の本をローゼマリーの手の上に置いた。その本を開けば、文字が宙に浮かんでくる。
しかし、その文字はニコラスには読めなかった。どうやら、魔法に通じている人間しか読めない文字らしく、ニコラスからすればミミズが這っているような文字なのだ。でも、ダリアもローゼマリーもそれを見ながら会話をしているところを見るに、読めているのだろう。
「あたしは普段、別の森でガーベラと一緒に暮らしている。……だが、少々厄介なことになっちゃってね。あたしの最愛の五人の弟子の元を回っているのさ」
「……だったら、何だというのだ」
「その厄介なことが、あんた……いや、グリーングラスのお坊ちゃん全員に関係しているから、話すだけさ」
ローゼマリーがそう言えば、開いた窓から生ぬるい風が小屋の中に入ってきた。その風は肌にまとわりつくような不気味な感触であり、ニコラスは身震いしてしまう。そんなニコラスを見て、ローゼマリーは「呪いの術書」とぼやくとニコラスの方に向き直る。
「……この国では、グリーングラス公爵家が王家の次に権力を持っているだろう? だが、そんなグリーングラス公爵家を妬み恨み、憎悪する輩は少なくはない。……どうにも、その輩たちが『何者』かに唆されて手を組んでしまったようでねぇ」
「……それは、薄々感じていた」
「そうか。ただ、問題が……その『何者』かは呪いの術書をその輩たちに配ってしまった。多分、あんたの妻もその呪いの術書で呪われたのだろうよ」
元々、ニコラスもリーザが倒れてしまった原因が呪いや魔術の類だと知っていた。それでも、実際にそう言われるとどういう反応をすればいいかが分からない。……それに、呪いの術書を持ったとして、呪うのならばニコラス自身を呪えばいいはずだ。わざわざ、リーザを呪う必要性が感じられない。
「……それで、あたしはその呪いの術書を回収するために人里に戻ってきたのさ。……あとね、呪いで人が死ぬのはもうこりごりなんだよ。……数百年前にも、似たようなことがあったからさ」
そう言って何処か悲しそうに笑うローゼマリーを見ていると、胸が締め付けられる……わけではなく。今、ローゼマリーは「数百年前」と言った。一体、この魔女はどれだけの長い年月を生きているのだろうか。そう思い、ニコラスはその疑問を口に出してしまいそうになったが、そもそも先ほど「失礼だ」と言われたばかりなのだ。……言えるわけがない。
「まぁ、とにかく。あたしはここで呪いの術書の行方を探す。……ダリア、呪いを解いてきてやりな」
「……分かりました、師匠」
ローゼマリーの命令を受け、ダリアはゆっくりと頷く。その目には強い意志が宿っており、普段の愉快犯の面影は一切ない。そこにいるのは、ただ使命感を貫く芯の強い女性だけ。
「呪いの術書は全部で十ぐらいあるはずだ。……ダミーもあるはずだから、慎重に探さなくちゃな」
「そうですね、師匠。……では、私たちは」
「あぁ、任せたよ」
ダリアはローゼマリーのその言葉を聞くと、ニコラスに視線を向け「……アイツが起きたら、行こうと思う」と告げ、視線を隣の部屋に向けた。その部屋にはオリンドが眠っている。それはつまり……オリンドが起きないと、次の行動が出来ないということなのだろう。
(クソっ、オリンドの奴……! さっさと起きろ……!)
そう思うニコラスだが、残念なことにその祈りは届かず。オリンドが起きたのは、これから約三十分後だった。その後、オリンドがニコラスにこっぴどく叱られたのは、また別の話。
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