魔女の試練
「クソっ、やはり無茶だったか……!」
オリンドと別れ早二十分が経ち。その間、ニコラスは一度も止まることなく森の中を駆け続けていた。鬱蒼とした草木に行く手を阻まれたりするものの、それでも止まろうという気持ちはなかった。だが、さすがに周囲から「体力バカ」と呼ばれるニコラスにも限度というものはあり。そろそろ、限界だった。さらには、奥に進めば進むほど空気はおどおどしいものになり、魔獣が出てきてもおかしくはない雰囲気になっていく。
(……それに、なんだか同じところをずっと回っているような気もする。……魔法、もしくは魔術の類か)
そう思うが、ニコラスは魔法が得意ではない。特に、幻覚魔法などともなれば解くのは至難の業であろう。それこそ、優秀な魔法使いや魔女ぐらいしか出来ない案件だ。
(……オリンドの知る魔女が何を考えているのかは、知らない。それでも、止まったら余計なことを考えてしまう。ならば、駆け続けるしかないだろう!)
脳内でそう決意し、ニコラスは絡まりそうになる足を無理やり前に進める。もしも、リーザが目覚めたとき。ニコラスが側にいなかったらどう思うだろうか。少しぐらい、悲しんでくれるだろうか。そんなことを思うが、そんな縁起でもない想像はしない方がいいに決まっている。ニコラスの今の一番の目標は、またリーザと笑い合うことなのだ。オリンドにはああ宣言したものの、自分が死ぬのは嫌だし、リーザが死ぬことなど絶対にごめんだ。
「……はぁ」
息が切れはじめ、身体中からとめどなく汗が零れる。これは、騎士団の訓練よりもハードかもしれないな。一瞬そう思い苦笑が浮かんでくるが、実際騎士団の訓練よりもハードだろう。森の中は蒸し暑く、さらには足元もしっかりとしていない。視界も悪いし、まっすぐに駆けている保証もない。
「……リーザ」
だが、引き返すという選択肢などない。すべてはリーザの為なのだ。このまま引き返せば、間違いなく後悔してしまう。最悪の場合、ニコラス自身の生きている意味もなくなってしまう。ならば、ただひたすら駆ける。幻覚魔法が消えるまで、駆けるしかない。
「よし、やる」
一旦立ち止まり、呼吸を整えた後ニコラスはまた一歩足を踏み出した。そして、下に向けていた顔を上に上げたとき。不意に、一つの人影が見えた。その人影の後ろにはかなり大きな狼のようなものの影がいる。その影は狼の形をしていることしか分からないが、大きさからして魔獣で間違いないだろう。
「……ニコラス・ドローレンスだね」
その人影はゆっくりとニコラスの方に歩を進めてくる。それに対し、条件反射とばかりに持っていた剣に手をかければ、その人影は「警戒するなよ」と言いながらニコラスの方にさらに近づいてきた。すると、ぼんやりとしていた人影の輪郭がはっきりとしてくる。
その人影は、どうやら女性のようだった。漆黒色の長い髪。血のようにどす黒い真っ赤な目。背丈は比較的高く、体型はローブを身に纏っているということもありはっきりとは分からない。それでも、その人影がとても美しい女性だということだけは、分かった。
「……誰だ」
「ははっ、警戒するなと言ったのに、警戒するのだな。まぁ、それでこそグリーングラスのお坊ちゃまか。……あたしはローゼマリー。この森に住まう魔女……の師だよ」
けらけらと笑いながらローブを身に纏った女性――ローゼマリーはぱちんと指を鳴らすと、後ろに控えていた魔獣である白銀色の狼を呼び寄せる。
「ほら、乗りな。小屋まで案内してやるよ。……あたしがここまで親切にするのは、奇跡に近いのだからな」
「……だが」
「あぁ、この幻覚魔法はあたしがかけたものさ。だから、あたしには正解の道が見える。……あとさ、さっさとガーベラに乗ってくれないかい? この子だって、疲れているのだから」
ローゼマリーに怒ったようにそう言われ、ニコラスは渋々と言った風に銀狼――ガーベラに近づいていく。そうすれば、ガーベラは渋々と言った風にその場に伏せてくれた。どうやら、ニコラスが乗ることを嫌々許してくれたようだ。そして、ニコラスが自身に跨ったことを確認すると……ガーベラはゆっくりと立ち上がる。その高さは、やはりかなりのもので。
「あんたの従者は一足先に小屋に運んでいるよ。……今頃、ダリアが面倒を見ているはずだ」
「ダリア、とは」
「あんたたちが頼ろうとしていたあたしの弟子だよ。基本的に魔女は名乗ったりしないからね。あの子も、あんたたちに名乗ることはなかったのだろうね。さぁ、ガーベラ。小屋に帰るよ」
「きゅーん」
ローゼマリーのその声に合わせて、ガーベラがゆっくりと歩き出す。ガーベラの乗り心地はかなり良いものであり、その毛並みはふさふさ。……相当、ローゼマリーが大切にしているのだろう。それは、ニコラスにだって容易に想像できることだった。
(諸々思うことはあるが、この魔女の狙いは何だ?)
ガーベラに乗ったニコラスの前を歩くローゼマリーの後ろ姿を眺めながら、ニコラスはそんなことを考えていた。このローゼマリーという女性は、何を考えているかが全く見えない。その表情は作り物のようなものであり、感情も分からない。……それでも、悪い人ではないのだろう。そう思い、ニコラスはただ茫然とガーベラに乗っていた。
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