魔女の元へ
「あぁっ、もうっ! こんな日に限って何故こんなにも濃い霧が……」
「おい、本当にこの奥にお前の知る魔女がいるのか?」
「はい、いますよ」
それから約一時間半後。ニコラスとオリンドはあの魔女が住まう森の中を歩いていた。しかし、いつもならば綺麗な景色が見える森は、今日に限って霧だらけ。さらには嘘うと生い茂った木々が行く手を阻む。見方によっては木々はまるで生き物のようにうねっているようにも感じられ、どことなく不気味さを人に与える。だが、引き返すという選択肢はない。
「……方向を、見失うなよ」
「分かっていますよ。……ただ、ちょっとわかりにくいかなぁって」
普段ならば、オリンドはこの重苦しい空気を壊すために茶化すように言っただろう。だが、この時ばかりはそれも無理だった。この重苦しい空気が苦手だったとしても、ニコラスの気持ちが痛いほどわかるのだ。リーザを失いかけている。こんな時に、そんなくだらない冗談で笑いを取ろうとはオリンドだって思えない。
「……あっち、かな」
「おい、かなとはどういうことだ」
「……すみません、少し、道に迷っちゃったみたいで……」
実際、オリンドは道に迷っているとは思っちゃいない。ただ、少し方向を見失ってしまっただけ。いつもならば天気が良く、まだ見通しのいい森。それなのに、今日はまるで試練を与えているかのように二人の行く手を阻み続ける。近くにある木に休憩とばかりにもたれかかれば、ニコラスは苛立ったように何度も地面を踏みしめていた。
「お前、その魔女にはよく会いに来ていたのだろう?」
「そうですよ。ただ……こんな天気の悪い日に来たことがなくて。今の天気だと、魔物とか出てきてもおかしくないですよ……」
しばらく歩き続けていたため、完全に疲れてしまったオリンドはその場でゆっくりと深呼吸を繰り返した。リーザのことは救いたい。でも、魔女の元にたどり着くことが出来ていない。こうなったら、もうこの際勘を働かせて歩くしかないのではないだろうか。ただ失敗した際のリスクが高すぎるため、おススメはしないが。
「……行く」
「何ですか?」
「あとは、俺一人で行ってくる」
「はぁ!?」
少し足が痛い。そう思い、オリンドが一旦腰を下ろし靴を履き直していると、しびれを切らしたのかニコラスがそんなことを言いだした。驚き、オリンドがまっすぐにニコラスの目を見つめれば、彼はとても真剣な表情をしており、嘘を言っているようには見えない。
「バカなのですか? 勘で歩いてたどり着けるような場所じゃないでしょう!?」
「だが、ここでいつまでも時間をロスするわけにはいかない。一か八か、賭けるしかない」
確かに、オリンドだってそれを考えていた。それでも、その選択肢は選ばなかった。理由など簡単だ。ニコラスがグリーングラス公爵家の人間だから。そんな人間を、危険な目に遭わせるわけにはいかない。王族の次に権力を持つ家の令息は、それだけ大切に扱わなくてはならない。たとえ、今が伯爵という身分だったとしても。
「ニコラス様」
「リーザがいないこの世に、生きている価値などない。一応剣は持ってきている。魔物が出たとしても、ただでは食われない」
「そう言う問題では……!」
ただでは食われないとは、それはすなわち最終的には食われているではないか。そう思いながらオリンドがニコラスに手を伸ばせば、ニコラスはその手を振り払い何の躊躇いもなく森の中を駆けて行ってしまう。その場に、オリンドを残して。
(クソっ、あの人、どれだけ自分勝手なんだよ……!)
そんな悪態をついても、疲れ切ってしまった足は動いてくれない。オリンドの体力は平均よりも少し上だ。決して、体力がないわけではない。ニコラスが体力バカなだけ。これでも、男性の平均よりは多いのだ。
「あぁ、もうっ! ニコラス様、任せましたよ。……絶対に、無事に帰ってきてください」
空に向かってオリンドがそう呟けば、獣の咆哮のようなものが聞こえてくる。そして、それと同時に強すぎる眠気がオリンドを襲った。……その抗いがたい眠気に勝つことは出来ず、オリンドはそのまま目を閉じてしまう。そのまま、深い眠りに落ちていく。
「……この男ども、本当にバカなのね」
眠りに落ち、寝息を立てるオリンドの前に現れた一人の女性は、ぐっすりと眠ってしまったオリンドの身体を抱きかかえ、後ろを振り返る。その際に、彼女の長い漆黒色の髪がさらりと揺れる。
「ガーベラ。この男を背負ってあげて。あたしってほら――か弱いし」
「……きゅーん」
その女性の後ろには魔獣と思わしき銀狼がおり、女性はガーベラと呼んだ銀狼の背にオリンドを乗せ、そのまま歩き出す。その際に、一瞬だけニコラスの駆けて行った方向に視線を向け、「……バカども」とだけ呟いた。
(これが願いを叶える対価だよ。……本当に、あたしの弟子も面倒な奴らに頼られたものだ)
女性は心の中でそうぼやき、銀狼を連れてゆっくりと歩く。その歩みはとてもゆっくりなものではあるものの、何処か迫力があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます