ニコラスの決意
「ニコラス様! 馬の用意が出来ましたよ!」
「オリンド。言っては悪いが、お前は馬に乗れるのか?」
「こんな時にそんなこと言っている暇ないでしょう! 俺だって乗れますよ!」
ニコラスが颯爽と歩きながらオリンドにそう問いかければ、オリンドは文句を言いながらも馬に跨る。魔女の住まう森の奥深くまでは馬ではいけないものの、近場までは馬に乗っていける。そのため、ニコラスとオリンド、それからほかの護衛と共に森の近くまで馬を走らせ、その後はニコラスとオリンドの二人のみで徒歩で森の中を歩く。そう言う計画だ。
そもそも、オリンドだって馬に乗れないわけではない。ただ、長年乗っていないだけだ。十代だったころは、ニコラスの付き添いで遠乗りをすることも少なくはなかった。腕が鈍っている自覚はあるものの、乗れないわけではない。
「魔女さんの住まう森までは、ここから馬を全力で走らせて一時間半程度です。……普段は馬車で行くので、憶測ですけれどね」
「……そうか。徒歩でかかる時間は?」
「直線距離で走って三十分でしょうか」
「そうか」
オリンドはニコラスの問いかけにある程度答えると、ニコラスが馬に跨ったのを見て馬を走らせる。森の場所を知っているのはオリンドのみだ。ここら辺には結構な数の森があり、説明するのは難しい。そのため、オリンドは自ら先頭を走り案内することにした。
(……何故、リーザを狙う……!)
馬でオリンドの背を追いかけながら、ニコラスはそんなことを考える。エウラリアが恨むべきは、リーザではなくエウラリアを選ばなかった自分だろう。そう思いながら唇をかみしめれば、仄かな血の味がした。……リーザは、きっと今とても辛い思いをしている。ならば、これぐらいは大したことではない。そう思いながら、ニコラスはまた唇をかみしめた。
(エウラリア嬢の後ろには、誰かがいる。……その、誰かは分からないが)
このレディアント王国には、数多の犯罪組織があるという。もしかすれば、その犯罪組織が裏に付いているのかもしれないし、ただの愉快犯かもしれない。だが、呪いの類は禁術としてこの世界では禁止されているものだ。呪いの術書も、手に入れるのは容易ではない。
(クソっ、今の段階では考えても何も分からない。……今は、リーザのことを第一に考えなくては)
最近、リーザとの関係は良好になってきた。たまに笑みを見せてくれるようになった。優しく声をかけてくれるようになった。なのに、こんなことになるなんて。こんなことになるぐらいならば、関係の進展など求めなかったらよかった。そう、思ってしまう。……ずっと、眺めているだけでよかったじゃないか。そうすれば、リーザが傷つくことはなかった。
(だが、もしもの話をしていても無駄だ。……この現実は、一つしかないのだから)
しかし、ニコラスはそう思い直した。
今、デジデリアたちが甲斐甲斐しくリーザの看病をしてくれているはずだ。ならば、自分が出来ることは――オリンドの知る魔女に頼み込み、リーザの呪いを解いてもらうことぐらいだろう。最悪の場合、頭を下げても構わないし、縋っても構わない。それぐらい、リーザのことが大切だから。
(森はまだか……)
森はいくつか見えるものの、オリンドが止まる気配はない。ということは、ここら辺の森ではないということだろう。魔法使いは何故か森を好むというが、出来ることならば人里に住んでいてほしい。心の中でそんな悪態をつきながら、ニコラスはとにかく考えていた。考えて、考えて、考えて――たった一つの可能性が、思い浮かんだ。
(そう言えば、グリーングラス公爵家を恨んでいる輩がいるとか、なんとか……)
グリーングラス公爵家はこの王国で王家レディアント家に次ぐ権力をも持っている家だ。そんな家を妬み、恨む人間は少なくはない。特に、貴族など表面上は友好的な態度を取っていても、上げ足を取ろうとする輩も多い。……もしかすればだが、その輩たちが手を組んでいたとしたならば――……。
(エウラリア嬢の後ろに付く可能性がある。だが、その場合攻撃する対象は俺のはずだ)
可能性は思い浮かぶが、真実にはたどり着けない。その輩たちが攻撃するべきは、ニコラスでありリーザではない。リーザを殺したところで、ニコラスが別の妻を娶れば血は絶えない。……ニコラスにそんなつもりが一切ないとしても、その可能性を考えないわけがない。
(本当に、何も分からない。だが、それでも――)
――今、一番に考えるべきはリーザを助けること。
なんとしてでもリーザを目覚めさせ、また笑いかけてもらいたい。攻撃してきた輩のことはどう足掻いても許せそうにない。でも、許す必要などない。……いずれは見つけ出し、それ相応の罰を与えるつもりだから。
(リーザ、待っていてくれ。俺は絶対に、助けるから。失いたくなど、ないんだ)
心の中でそうぼやくとほぼ同時に、ニコラスは馬を走らせるスピードを上げた。早く、早く。一秒でも、早く。そんな心の焦りと、不安。その気持ちを打ち消すかのように、唇をかみしめれば――また、血の味がした。
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