動き出した思惑
☆★☆
リーザとニコラスと約束をしてから、数日が経った。二人の関係はさらに良好になり始め、周囲もこの平和が続けばいいのに、と思い始めたころ。そんな日常は、突然崩れ去ってしまう。
「――っつ!?」
「リーザ様!?」
その日、リーザは何の前触れもなく倒れてしまった。ゆっくりと傾いていく身体を、慌ててデジデリアが支える。しかし、もうその頃にはすでにリーザに意識はなくて。それを見たデジデリアは、顔から血の気が引いていくのを身をもって実感してしまう。でも、まずは。そう思い直し、近くにいたほかの使用人に助けを求め、リーザの身体を軽く揺さぶってみる。だが、起きる気配は全くない。辛うじて呼吸はしているようだが、瞼は閉じられたままであり、開く気配などない。
「――リーザ様!」
徐々にデジデリアの声が震え、身体中までもが震える。涙がポロポロと零れだし、どうすることも出来なくなる。どうして、どうして。そう思うのに、唇はわなわなと震えるだけで声が出ない。
「デジデリアさん。とりあえず、リーザ様を寝台にお運びしましょう。……それから、ニコラス様に――」
「……リーザ、様」
年下の従者に宥められ、デジデリアはゆっくりと立ち上がる。その際に、従者にリーザの身体を預け、デジデリア自身はほかの侍女に支えてもらう。従者に抱きかかえられたリーザは、相変わらず目覚める気配がない。その様子を歪む視界で見つめながら、デジデリアは心の中で「どうして」と繰り返した。もしかしたら、ただの貧血か何かかもしれない。でも、そうとは思えなかった。何か、重大なことが起こっている。デジデリアの直感は、悲鳴を上げていた。
☆★☆
「……魔術、もしくは呪いの類でしょうね」
それから約一時間後。ニコラスが呼んだ侍医が下した診断は、そんなものだった。侍医曰く、これは病の類ではない。誰かがリーザを呪い、その結果倒れてしまったのだろうということだ。そして、このままでは一生目が覚めない。もしくは――命を落としてしまうだろうと。
「目を覚まさせる方法は、ないのか?」
侍医に詰め寄りながら、ニコラスがそう問いかければ侍医は「優秀な、魔法の使い手ならば、解けるかもしれませんが……」と言いながら、視線を露骨に逸らす。その言葉は歯切れが悪く、全く信頼できない。それでも、もうそれに賭けるしかないのだろう。そう思い直し、ニコラスは考えていた。……ニコラスの知り合いに魔法使いはいる。それでも、呪いを解けるほど優秀な人間ともなれば……思い浮かばない。
「……あの」
「どうした、オリンド」
部屋中を歩き回り、全く落ち着きのないニコラスを見つめ、オリンドは恐る恐る手を挙げた。ニコラスの声はいつもよりも数段低く、機嫌が悪いということはすぐに想像が出来る。それは、きっとリーザがこんなことになってしまったからで。それが分かるからこそ、オリンドは一瞬躊躇ったものの、これもそれもすべてリーザの為だと思い、ゆっくりと深呼吸をする。少し視線をずらせば、ソファーではほかの侍女に支えられながら泣きじゃくるデジデリアが、視界に入る。
「俺、優秀な魔法使い――魔女さんを、知っています。あの人ならば、もしかしたら――」
「――行くぞ!」
オリンドが言葉を言い終えるよりも先に、ニコラスは今にでも部屋を飛び出そうとする。もちろん、その手はオリンドの手首を掴んでいる。しかし、オリンドには一つの気がかりがあった。あの魔女は、タダでは働いてくれない。もしかしたら多大なるお金を要求してくるかもしれないし、対価としてもっと大きなものを要求してくるかもしれない。オリンドは魔女のことを信頼している。だが……これとそれとは話が別なのだ。
「ニコラス様。お言葉ですが、あの魔女さんは多大なる対価を要求してくる人です。俺だって、魔女さんのことを信頼したい。ですが、もしもニコラス様に何かがあったら――」
「別に、構わないだろ」
「ニコラス様!」
「俺は、自分よりもリーザの方が大切だ。……だから、最悪俺が死んでも構わない。……行くぞ、オリンド」
まっすぐにオリンドの目を見つめてそう言ってくるニコラスは、迷いも躊躇いもない。それを見たオリンドは「あぁ、やっぱりこの人はバカなのだ」と思っていた。バカみたいにまっすぐで、なのに素直になれない人。それでも――この人は、オリンドがずっと昔から仕えている主なのだ。
「デジデリア。リーザの看病を、頼む。ほかの侍女も」
「……貴方に、言われなくても」
ニコラスがデジデリアにそう声をかければ、デジデリアは涙を手の甲で拭い、睨みつけるようにニコラスのことを見つめてくる。その声はどこか震えているものの、初めの頃に比べればかなり落ち着いたようだ。それを実感し、ニコラスは急いで上着を羽織るとオリンドやほかの使用人たちに指示を出す。その風格は、さすがは天下のグリーングラス公爵家で育ったというだけは、あった。
(リーザ、待っていてくれ。……絶対に、助けるから)
そう心の中で唱えながら、ニコラスは歩きながら侍従たちに次々に指示を出していく。そんな様子を見つめながら、オリンドは「……リーザ様のこと、そんなにも大切なのですね」とだけ小さくぼやいていた。
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