シルヴェリオの忠告
☆★☆
「リーザ。今日は時間を作ってくれてありがとう。……それから、ニコラス様も」
「い、いえ、私の方こそ旦那様も同席させてほしいとわがままを言って申し訳ございません……」
「ううん、ニコラス様のおっしゃっていることは……当然だから」
それから二日後の昼過ぎ。ドローレンス伯爵邸の庭にて、リーザとニコラスはシルヴェリオと対面していた。シルヴェリオは涼しい顔をしているようだが、実際はかなり緊張しているよう。幼馴染としての付き合いが長いため、リーザはそれにすぐに気が付いた。そして、何か話しにくいことがあるのだろうとも感じ取った。
「それで、シルヴェリオ様はいったいどうされたのですか? わざわざお話を……なんて」
「……単刀直入に言えば、僕の元にエウラリア・ルカーノ嬢から手紙が届いたんだ」
そう言ったシルヴェリオは、ゆっくりと鞄の中から一通の手紙を取り出し、テーブルの上に置いた。そこに印鑑として押されている家紋は、確かにルカーノ伯爵家のものだ。その家紋を見て、ニコラスの眉間にしわが寄る。エウラリアはニコラスから敵認定されている女性だ。愛しのリーザを傷つけたのだから。
「……シルヴェリオ。お前は、エウラリア嬢と面識があるのか?」
ゆっくりとその手紙に手を伸ばし、ニコラスはシルヴェリオにそう問いかける。すると、シルヴェリオは「全く」と言いながら首を横に振った。その様子はとてもではないが嘘をついているようには見えず、シルヴェリオの言っていることは本当だとニコラスは判断した。
「……僕だって、ここに来る気はなかったんだ。けど、中身を見たらここに来なくちゃって思った。……ニコラス様のことは、未だに気に食わないけれどリーザを守るためには、協力しなくちゃってわかったから」
シルヴェリオはそう言うと、ニコラスに中の手紙を読んでほしいとそれとなく伝える。そのため、ニコラスはすでに封の開けてある手紙の中から便箋を取り出す。その便箋には、騎士団で何度か見たことがあるエウラリアの字で様々なことが綴ってあった。
挨拶から始まり、一度会いたいという内容。そこまでは、普通だった。しかし、最後には――「リーザ・ドローレンスを手に入れたいのならば、私に協力しなさい」という一文が、大きな文字で書いてあった。そこだけ真っ赤なペンで書いてあることもあり、異彩を放っている。リーザがその手紙を覗き込もうとしたので、ニコラスは慌ててその手紙を折りたたみ封筒に戻す。リーザにこんな文章、見せたくなかったのだ。
「エウラリア嬢は、僕がリーザに恋い焦がれていることを利用する気だったみたいなんだ。……僕を協力者にして、キミたちを離縁させる。……正直、僕にはその誘いはとても魅力的だった。だって、ニコラス様は正当な方法では勝てない相手だから」
そう言って、シルヴェリオはその手紙を回収する。この空間で、リーザだけが話が見えず目をぱちぱちと瞬かせていた。そんな表情を見ていると、シルヴェリオはやはりリーザのことを手に入れたい、と思ってしまう。いずれ、婚約の打診をするつもりだった。だが、それよりも早くにリーザはニコラスと婚約してしまった。……シルヴェリオにとって、あの提案は何よりも甘い蜜だったのだ。
「……では、何故提案に乗らなかった」
ニコラスは、睨みつけるようにシルヴェリオを見つめてそう言っていた。その際に、ニコラスとシルヴェリオの間を風が吹き抜ける。その異様な空気に、リーザは微妙な気持ちになりながらも、ただ静かに見つめる。
「簡単だよ。……それでは、リーザが幸せになれないと思ったから。僕はリーザが好きだ。でも、それ以上にリーザには幸せになってほしい。綺麗ごとって思われるかもしれない。だけど、それがすべて。僕はニコラス様が嫌いだけれど、それ以上にリーザの不幸が嫌いだ」
本気の想いがこもったシルヴェリオの言葉に、リーザは胸がぎゅっと締め付けられる気がした。きっと、ニコラスの本音を知る前だったらならば、シルヴェリオを好きになっていたかもしれない。でも、それでも。「だったら」なんてことを言っていても、無駄なのだ。現実は一つしかない。この世界しかないのだから。
「もしも、エウラリア嬢がリーザに攻撃してくることがあったら……守れるのはニコラス様だけだ。だって、一番側にいるから」
「……シルヴェリオ」
「確かに、こうなったのはニコラス様が原因だ。でもさ……楽しそうなリーザを見ていると、奪おうって言う気持ちが消えちゃうんだ。悲しいことに」
シルヴェリオのそんな言葉を聞いて、リーザはさらに胸が締め付けられた。震える声はきっと、勇気を振り絞っていてくれた言葉だからだろう。この間は「諦めない」と言っていた。でも、この期間で考えは変わったらしい。……いいや、違う。考えを――変えたのだ。
「リーザ、好きだった。けど、僕と一緒にいるよりもニコラス様と一緒にいる方が幸せになれるよね。……でも、これからは幼馴染として付き合ってくれると、嬉しい」
「……わた、しも」
リーザの中に、シルヴェリオへの恋心は全くなかった。リーザはずっと、シルヴェリオのことを幼馴染としてしか見ていなかった。そして――シルヴェリオの気持ちに、一切気が付かなかった。
「ありがとう、リーザ。……ニコラス様。絶対にリーザのことを守ってくださいよ。じゃないと僕――」
――許しませんから。
笑顔を浮かべてそう言ったシルヴェリオの声は、風に乗ってしっかりとニコラスの耳に届いていた。
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