第三章

シルヴェリオからの手紙


「リーザは、今日も綺麗だな」

「……ありがとうございます、旦那様」


 ニコラスがリーザに素直な言葉を告げるようになって、早二ヶ月が経った。最近ではリーザもその変化にすっかりと慣れてしまったため、一々照れることは少なくなった。照れることが完全になくなったわけではない。ただ、その頻度が減っただけだ。


「ところで、旦那様。私に何か用事があるのでは?」


 時計を見たリーザは、ふとそんなことを零す。今は昼過ぎ。普段ならば今の時間、ニコラスは仕事のために執務室に閉じこもっている時間帯だ。そんな時間にリーザの私室を訪れるなど……今までは、なかった。そのため、リーザはそう問いかけたのだがその言葉を聞いて、ニコラスは少しばかり眉をひそめてしまう。……何か、言いにくいことなのだろうか。


「いや、俺の仕事の手紙にリーザへの私信が混ざっていたんだ。だから、それを届けに」

「まぁ、そうでしたの」


 ニコラスのそんな言葉に一旦納得したリーザだったが、すぐに「でも、わざわざニコラス自身が届けに来るだろうか?」と思ってしまう。私信が混じっていたぐらいならば、オリンドにでも手渡すように指示をすればいい。そう思ってリーザがニコラスから私信を受け取ろうとすれば、ニコラスは苦虫を噛み潰したような表情で「……渡したくない」なんて言い出す。


「いえ、私への私信なのでしょう? 家族からかもしれませんし……」

「いや、違うんだ。……リーザの、幼馴染からだ」


 それだけを伝えると、ニコラスはファイルの中から一枚の手紙を取り出し、差出人の名前をリーザに見せてくる。そこには確かに「シルヴェリオ・マッフィオ」と書いてあり、この間デートの最中で再会したリーザの幼馴染で間違いなかった。特に、字のくせがシルヴェリオのものだった為、リーザは「何か、あったでしょうか?」と零しながら考え込んでしまう。


「旦那様。開けてみても、よろしいでしょうか?」

「……不本意だが、な。ろくでもない用事ならば、破り捨てればいい」

「……旦那様」


 最近、ニコラスの愛情が重たくなっていないだろうか? そう思いながらも、リーザはシルヴェリオからの手紙の封を開け、中身を確認する。中に書かれていた言葉は、当たり障りのない近況を尋ねる言葉だったが、最後の方には「直に会って話したいことがある」と書いてあった。


(……シルヴェリオ様が、私に話したいこと?)


 それを見て、何かがあっただろうかと思い、今までの記憶を引っ張り出そうとするも、特に何かがあったわけではない。しかし、シルヴェリオは無駄なことはしないタイプだ。大方、何かがあるため直に会いたいと言ってきているのだろう。そう思い直し、リーザはとりあえず返事でも書くか……と考え、その手紙をまた封筒にしまい込んだ。


「リーザ? 何か、あったのか?」

「……旦那様」


 そして、目の前に未だにいるニコラスのことを思い出す。もしも、リーザが勝手にシルヴェリオと会えば、今のニコラスならば間違いなく不満を漏らすだろう。……契約結婚とはいえ(最近はそうは思えないが)隠し事はよくない。リーザはそう判断し、「私、シルヴェリオ様と会おうと思うのですが……」と素直にニコラスに告げてみた。


「……シルヴェリオと? 二人きりでか?」

「はい、何やらお話したいことがあるそうなので……」


 あまり、二人きりが褒められたことではないということぐらいリーザだって分かっている。だが、それでもシルヴェリオは幼馴染なのだ。何かがあるならば力になりたいと思っている。それを再認識し、リーザがニコラスを見つめれば、ニコラスは「ダメだ」と力強く言ってリーザの提案を切り捨てた。


「で、ですが、シルヴェリオ様にも何か事情があるようなので……」

「二人きりでなど、ダメだ。俺が嫉妬で狂う」


 しかし、ニコラスは全く許してくれない。もう、いっそ不貞腐れていじけてやろうか。そうリーザが思っていると、ニコラスはしばし考えたのち「俺も同席できるのならば、いい」と言ってくれた。


「俺も同席して良いのならば、会っても構わない。アイツはリーザに好意を抱いているからな……。何かがあってからでは、遅いんだ」

「……旦那様。シルヴェリオ様はそんなお方じゃありませんわ」

「いや、だが心配だ。……リーザに何かがあったら、俺は、俺は……!」


 そう言って眉を下げられてしまえば、もうリーザはそれを受け入れるしかなかった。そのため「……シルヴェリオ様に、そう返信しておきますね」と告げて机に向かう。ニコラスも一緒でいいのならば、会いたい。そう便箋に書き、近況を綴っていく。そうすれば、あっという間に便箋が一枚埋まってしまった。それを封筒に入れ、そのまま封を閉じる。最後にドローレンス伯爵家の家紋の印鑑を押せば、手紙の完成である。


(何もないと、良いのだけれど)


 そう思い、リーザはデジデリアにその手紙を手渡し、出してきてくれるように指示を出した。デジデリアはリーザの指示を聞くと、ささっと手紙を出しに行ってくれる。


(杞憂だと、良いのだけれど……)


 リーザは心の中でそう自分に言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸をした。……何もないと、良いのだけれど。先ほどからずっと思っていることを、リーザはまた心の中で唱えるのだった。

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