リーザの社交(4)


 ☆★☆


「旦那様。ほら、気を持ち直してくださいませ」

「……無理だ」


 グリーングラス公爵家でのパーティーも無事(?)終わり、帰りの馬車に乗り込んだリーザは隣でただひたすらへこむニコラスを慰めていた。何故、ニコラスがへこんでいるか。そんな理由など簡単である。リーザに甘えていた光景を、他でもないジルベルトに見られたからである。


「あの目を見たか? 絶対に面白おかしく言いふらすに決まっている!」

「……もう少し、お兄様を信頼して差し上げたらいかがでしょうか?」

「信頼している。……悪い方に」


 そう言ったニコラスは、露骨に「はぁ」とため息をついていた。だからこそ、リーザは「旦那様」とぼやいて憐みの視線をニコラスに向ける。どうしてここまでジルベルトを苦手とするのだろうか。その理由はリーザにはさっぱり分からない。先ほど挨拶をしたジルベルトは、いかにもな好青年だったのに。


「……何故、そこまで苦手だと」

「いいか、リーザ。あれは生粋の愉快犯だ。外面は良いが、身内だと判別すればその扱いは極めて雑になる。俺の双子の兄である三男と共に、俺は何度からかわれたか」

「……からかわれたって、何をですか?」

「……好きな子がいるだろう? って何度も言われた」


 ニコラスのその回答を聞いて、リーザは「……まさか」と思う。しかし、ニコラスはそれに気が付かないのか、ただぶつぶつとジルベルトと双子の兄である三男への愚痴をこぼし続けた。


「俺は将来ヘタレになるだろう、とか。絶対に素直になれないだろう、とか。不器用すぎてからかいがいがあるとか散々言われた。人の恋路を面白がるな、と何度言ったか。……しかし、相手がリーザだとは知られていないはずだったのに……」

「い、いえ、旦那様は、その……いつから?」

「俺はリーザを一目見た日から好きだったんだ!」


 ニコラスはそう言って、リーザのことをまっすぐに見つめてくる。その純粋な目に、リーザは真っ赤になってしまう。しかし、それと同時に「その言葉は悪いけれど、案外間違いではないのでは……?」などとも思ってしまう。素直になれないが故に「契約結婚」などを持ち出してきた。ヘタレだからろくに話せないでいた。本心を知った途端「不器用すぎる」と呆れてしまった。……ジルベルトと双子の兄の言っている言葉は、口は悪いが間違いではない。


(……本当に、真面目な人なのよね)


 リーザは心の中でそう零しながら、未だにぶつぶつと愚痴をこぼすニコラスを見つめていた。しかし、相当双子の兄とジルベルトが苦手なのだろう。愚痴は止まらない。それを見ていると、いろいろと思うことはあるが……一番は「可愛らしい」ということだった。


 リーザからすれば、ニコラスは「不器用」ということを除けばほぼ完ぺきに近い男性だった。だが、普通に苦手なものがあって、苦手な人がいる。それは、少しだけ親近感を感じさせてくれる。


「そんなこと、気にしないで行きましょうよ。そもそも、今回のことは悪いのは私かもしれませんし……」


 苦笑を浮かべながら、リーザはそんなことを言う。そもそも、ニコラスが甘えていたのは根本を言えばリーザが数人の男性に絡まれたのが原因だった。だから、あれさえなければあんな風にニコラスが甘えることはなかった……とも言える。そのため、リーザは静かに「すみません」と謝っていた。


(旦那様にだって、プライドがあるのよね。そのプライドが傷ついたのだとしたら、その原因は私だもの……)


 心の中でそう零しながら、リーザがニコラスを見つめれば、ニコラスは「リーザが謝ることはない」と言い、「……俺が、嫉妬深いだけだ」と付け足した。その後、項垂れる。その姿はまるで大型犬が飼い主に叱られてしょぼくれているようにも見えて。また、リーザの心がくすぐられた。


「嫉妬深いのも、治したいとは思っている。だが、リーザのことになると心に余裕がなくなって……気が付いたら、あんな風になってしまうんだ」

「……そうですか」


 だから、あの現場を穏便に解決できなかったのか。嫉妬していたから、あんなにも怒っていたのか。それを理解して、リーザは少しだけニコラスのことを理解できた気がした。それと同時に、少しだけ嬉しくなってしまう。嫉妬されているぐらい、愛されていたのかと、思った。そして、もっと早く愛されていることに気が付けていれば、とも思った。そうすれば、もっと違う関係が築けていたのではないだろうか、と。


(でも、今更そんなことを言っても仕方がないわ。今を必死に生きなくちゃいけないものね)


 リーザはそう自分自身に言い聞かせ、未だにぶつぶつと言葉を発するニコラスを見つめていた。その言葉は「……ジルベルトの奴」「……言いふらすなよ」「アイツ……!」などという言葉ばかり。そんな姿は、やはりとても可愛らしくて。リーザはニコラスの手を握ってみた。その後、ニコラスの肩に自分の頭を預けてみる。その瞬間、ニコラスが少しだけ驚いたように「リーザ?」と声をかけてきたので、リーザは静かに「私も、甘えてみたくなったのです」とだけニコラスに告げていた。


 薬の効果が続く三ヶ月は、半分を過ぎてしまった。もしもあと一ヶ月しかこんな期間を過ごせないのならば……今だけは、少しぐらい甘えてもいいじゃないか。そう、リーザは思ったのだ。……まぁ、薬の効果が切れても前のような関係には戻らないだろうが。その自信は、あった。

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