リーザの社交(1)


 ☆★☆


「その……リーザ。俺から言っておいていうのも変だが、本当に、いいのか?」

「はい、旦那様」


 エウラリア襲撃事件から三日後。リーザとニコラスはドローレンス伯爵家の家紋が入った馬車に揺られていた。その装いは普段よりも豪奢であり、今からパーティーに行くのだということは容易に想像が出来る。リーザも桃色の美しいドレスを身に纏っており、その姿はニコラスにとって確実に目に毒だった。


 ――ずっと、見ていたい。


 そんな衝動を抑え、ニコラスはただ静かに「……礼を言う」とだけリーザに告げた。


 本日はレディアント王国の筆頭公爵家、グリーングラス公爵家にてパーティーが開かれる。そのパーティーはもちろんニコラスは強制参加である。挙句パートナー同伴ともなれば……リーザを誘うしかなかった。


(リーザはこんなにも美しいのだぞ? 他の男が目を奪われるじゃないか……!)


 しかし、ニコラスの内心は大惨事だった。こんなにも美しいリーザを、他の男に晒したくない。そう、思ってしまうのだ。当の本人であるリーザはニコラスの内心など相変わらずちっとも知らずに、グリーングラス公爵家で開かれるパーティーを純粋に楽しみにしている。だからこそ、ニコラスも無理に言えなかった。


(いや、なんとしてでもリーザを守らなければ。他の男の視線になど、晒してたまるか)


 そのため、ニコラスはそう決心をした。なんとしてでも、リーザを守らなければ。そう言う使命感に駆られていたのだが……それは、そう簡単に叶うことではないのだとこの時のニコラスは、知らなかった。


 ☆★☆


 グリーングラス公爵家は、レディアント王国では名門中の名門と呼ばれている家系だ。現当主はニコラスの一番上の兄であるジルベルト・グリーングラス。齢二十三のまだ若い男性だ。しかし、その冷血さはすでに社交界に名を轟かせており、周りを怯ませている。さらには、どんな女性がアピールしても靡かないとも有名だった。だが、愛想はそこそこいいため、男女問わず人気がある。……ニコラスとは、違うタイプなのだ。


「わぁ、すごいですね!」


 グリーングラス公爵家のパーティーホールに入ったリーザは、そんな声を上げてしまう。リーザがグリーングラス公爵家にやってきたのは、これが二度目だ。一度目は結婚の挨拶をする際。その時はまだニコラスの父が当主であり、リーザを良い笑みで迎えてくれたのは記憶に新しい。そして「ニコラスをよろしく頼む!」と頭を下げられたのだ。その時、リーザはこれがお金で雇われた契約結婚だとは言えなかった。……あんなにも喜んでいる人に対して、真実を告げるのは無理だったのだ。


「あぁ、そうだな」


 対するニコラスは、冷めきった声でそう言う。しかし、視線は全てリーザに向けられており、絡められた腕が熱い。そう、思ってしまう。ここはニコラスからすれば実家。どれだけ煌びやかだったとしても、騒ぐ必要などなかった。……たった一つのことを、除けば。


(あぁ、リーザは美しい。その笑みは何と可愛らしいんだ……! 今すぐにでも帰りたい!)


 ニコラスの内心は、大パニックだった。リーザの腕に触れているだけで、脳内から言葉が消えていく。リーザのまぶしい笑顔を見ているだけで、もうすべてが浄化されそうだった。こんな内心を覗かれてしまえば、リーザに幻滅されるかもしれない。そう思うが、それでも我慢できなかった。それに、ニコラスからすれば一番内心を覗かれたくないのはリーザではなく、兄弟たちなのだ。


「旦那様。まずは、旦那様のお兄様にご挨拶をするのでしたよね?」

「あ、あぁ、ジルベルトに挨拶に行く。……リーザ、俺の側を離れるなよ」

「分かっております。迷子になってしまいますものね」


 違う、そうじゃない……! ニコラスは心の中でそう思いながら、リーザと絡めた腕に力を入れる。その後、視線を彷徨わせてジルベルトの姿を探した。すると、あっさりとジルベルトの姿は見つかった。いつものように愛想の良い笑みを張り付けているが、その中では何を考えているか分からない。そう思いながら、ニコラスはリーザに対して「行くぞ」と素っ気なく声をかける。リーザはそれを気にした風もなく、「はい」とだけ返事をしてニコラスに続いた。


「……ジルベルト。久しぶり……だな」

「あぁ、ニコラスか」


 ニコラスがジルベルトの元に寄って声をかけると、ジルベルトの笑みは一気にはがれていく。やはり、あの笑みはよそ行きだったようだ。そう思いながら、リーザはジルベルトを観察した。漆黒色の髪と、紫色の瞳。瞳の形は少々吊り上がってはいるものの、ニコラスよりは穏やかそうに見える。背丈はニコラスと同じぐらいだが、体格は少し細身だろうか。そう思いながら、リーザがジルベルトを観察していると、ジルベルトはリーザに視線を向けてきた。その表情は、どこか楽しそうに見えてしまった。

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