リーザの社交(2)


「久しぶりだな、リーザ。……とはいっても、リーザは俺のことをそこまで知らないだろうが」

「……えっと」

「俺が一方的に詳しく知っているだけだから、気にするな。……結婚式で、見たしな」


 ジルベルトはそう言って、リーザのすぐそばに寄る。そんなジルベルトの顔を、リーザはじーっと見つめてしまった。何故ならば、どこかニコラスと似た顔立ちだと思ったからである。


(ジルベルト様も美形だわ。さすがは、旦那様のお兄様)


 心の中でそう考えながら、ジルベルトを見ているリーザに下心など一切ない。しかし、側にいるニコラスはひやひやものだった。リーザが、ジルベルトに惚れてしまったのではないだろうか。そう思ってしまい、慌ててリーザの肩を抱きよせる。その後、ジルベルトを強くにらみつけた。


「……ジルベルト。リーザは俺の妻だ。……そんな風に、見つめないでくれるか」

「あぁ、そうだな。リーザはお前の『初恋相手』では今は『妻』だったな」


 クスクスと声を上げながらそう言うジルベルトのことが、やはりニコラスは気に食わなかった。ジルベルトは昔から食えない奴だった。腹黒で、人の上をすんなりと行ってしまう。ニコラスにとって兄弟で一番苦手なのは双子の兄である三男だが、二番目に苦手な兄弟を聞かれれば間違いなく「ジルベルト」と答えていただろう。


「リーザ。こんな弟だが、どうかよろしく頼む。……コイツは不器用だが、真面目なだけの奴なんだ」

「ジルベルト!」

「あぁ、怖い怖い。じゃあな、リーザ。また会って、コイツの話をしよう」


 そんな言葉だけを残して、ジルベルトは他の招待客の元に向かう。それを見て、ニコラスはホッと一息をついていた。だが、胸にはモヤモヤが残ってしまう。ニコラスは、自身の初恋相手がリーザだとは兄弟たちの誰にも告げていない。……何故、知っている。そう思ったニコラスは、兄弟たちからすればニコラスのリーザへの態度は「明らか」だったということに、気が付かない。


「……リーザ。その……悪かった、な」

「いえいえ、全く」


 ジルベルトが立ち去ってしばらくしたころ、ニコラスがリーザにそう告げれば、リーザは満面の笑みでそう返してきた。その回答を聞いたニコラスは、それがどういう意味なのか想像もつかず思考停止してしまう。


(まさかだが、俺よりもジルベルトの方が良いと……!?)


 脳内でそう言う判断をニコラスはしてしまったが、当の本人であるリーザは「面白い人でしたね~」なんて言ってふんわりと笑うだけだ。……そう言えば、リーザは天然も入っているのだということを思い出し、ニコラスはまた一息をついた。


「あれのどこが面白い」

「いえ、面白いじゃないですか。あと、私にまた会ってほしいなんておっしゃるなんて……物好きですね」


 ……いや、間違いなく皆がそう言う。ニコラスはそう思い、他の招待客に笑みを向けているであろうジルベルトの方を睨みつけた。この角度からではジルベルトの表情は見えないが、ジルベルトは外面は良いのだ。間違いなく、笑みを浮かべている。


「……旦那様。私、なんだか旦那様の幼少期のことが気になってしまったのですけれど、ご兄弟にお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 ジルベルトの背をニコラスが睨みつけていると、リーザはニコラスの服の袖をちょんと摘まみながらそんなことを問いかけてきた。その行動に、ニコラスの心がかき乱される。何故、リーザはこんなにも可愛らしいのだろうか。そう思ったのだが――問題は、リーザの言葉の内容だった。


(はぁ!? 俺の幼少期!? そんなの……恥になるし、そもそも兄弟たちだけには訊いてほしくない!)


 絶対に、幼少期の頃の話など恥にしかならない。しかも、両親に訊くのならばまだしも兄弟たちに訊くのだけは勘弁してほしい。絶対に、面白おかしく装飾するから。そう言おうと思ったが、その前にリーザが小さく「痛っ」と声を上げたのが耳に届き、ニコラスは「どうした?」と慌ててリーザに声をかけた。


「い、いえ、ちょっと靴擦れしちゃったみたいで……。慣れないヒールだったので、歩き方が変だったのかもしれません」


 そう言ったリーザは、笑みを浮かべるもののその表情はどこかぎこちない。それを見たニコラスは、「手当を呼ぼう」と告げると、すぐにどこかに歩いて行ってしまう。しかし、すぐに引き返してくると軽々とリーザの身体を抱きかかえた。抱きかかえられた瞬間――リーザは、自分が何をされているかを理解できなかった。


(え? い、今、私……お姫様抱っこされている!?)


 そして、それを理解したのは数十秒後。リーザがその行動を理解し「だ、旦那様……!」と暴れだすのに対して、ニコラスは何でもない風に「とりあえず、端の方に寄ろう」とだけ言ってそのままどこかに歩いていく。


(うぅ、は、恥ずかしすぎる……!)


 お姫様抱っこなど、今までされたことがない。そう思いながら、リーザは内心羞恥心に悶えていた。周りの視線が、生温かいような痛いような。不思議な感覚に晒されながらも、リーザは俯いてニコラスの服をちょんと握っていた。……ニコラスの内心など、知りもせずに。


(リーザ、軽すぎないか? というか、リーザを自然に抱っこできた。明らかに俺は成長している。……というか、リーザが柔らかいし良い香りがするしで、変な気分になりそうだ……)


 などと思っていることなど、知りもしないのだ。いいや、むしろ知らない方が良いに決まっている。澄ました顔をした男が、そんなことを考えているなど……知らない方が、身の為なのだ。

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