ライバル登場ですか?
☆★☆
「ちょ、お、お待ちください!」
「嫌よ! あの女に文句の一つぐらい言いたいのよ!」
リーザが騎士団の見学を終えてから二日後の午後。ドローレンス伯爵邸の玄関が、突然騒がしくなる。よくよく耳を澄ませば、使用人たちの焦ったような声が聞こえてくる。そのため、それを聞いたリーザは何だろうかと思い、玄関の方に顔を出した。すると、そこには――一人の見知らぬ女性が、いた。
「あ、あんたがリーザね!」
「ひっ」
その女性は、リーザを見つけるとリーザの方に詰め寄ってきた。そのブルーの瞳は何処か血走っており、どことなくリーザを恨んでいるようにも見える。
「……その、どなた様、でしょうか?」
その女性に、リーザは見覚えがない。その真っ赤な長い髪も、ブルーの吊り上がった瞳も。どことなく自信満々な態度も。……本当に、見覚えがなかった。だから、リーザは戸惑ってしまう。何故、自分はこの見知らぬ女性に恨まれているのだろうか、と。
「……っ! 私はエウラリア。エウラリア・ルカーノよ。ニコラス様の婚約者候補の筆頭だった人間よ!」
そう言った女性――エウラリアは、リーザにつかみかかってきたのだった。
☆★☆
「……それで、リーザは無事だったのか?」
「はい、まぁなんとか。男性使用人一同でエウラリア様を取り押さえたので……。ですが、少し壁に頭をぶつけてしまい、こぶになっているそうで……」
「リーザが!?」
「大丈夫ですってリーザ様もおっしゃっていましたよ。なので、大人しく仕事をしていてください」
その日の夕方。ニコラスはオリンドにより報告を受けていた。その報告の内容は、エウラリアが邸に乗り込んできたこと。リーザが少しだけ頭をぶつけてしまったこと。そして、一応念には念をとぶつけた箇所を冷やしていたということなど。ニコラスは生憎その時間は伯爵としての仕事で邸を空けており、その場面を見ることはなかった。だが、まさかそれがこんなトラブルを生むなんて……。そう思いながら、ニコラスは頭を抱えてしまいそうになる。
「ところで、エウラリア様って、先代の騎士団長の娘さんですよね? 毎度ニコラス様に付きまとっていたお方と、同一人物ですよね?」
「……あぁ、先代の騎士団長から何度も婚約の打診を受けていたが……俺は、リーザ以外に興味がなかったから、適当にあしらっていたんだ」
ニコラスはそう言いながら、遠いところを見つめた。エウラリアは伯爵令嬢でありながら、騎士もしている。だが、実力はよく言って中の下だ。先代の騎士団長の娘であるというコネで王立騎士団に入ったため、実力は低い。そして、何よりも彼女はニコラスにご執心だった。
「ところで、エウラリア様はニコラス様にご執心だったじゃないですか。正式にリーザ様と結婚すると、説明されたのですか?」
「……いや」
「それが、根本的な原因では……?」
オリンドは、思わずそう零してしまった。ニコラスが不器用なことはオリンドだって知っている。特に、女性を苦手とし女性と出来れば関わりたくないと思っていることも。だが、今回の原因を作ったのは間違いなくニコラスだ。そう思い、オリンドは絶対零度の冷たい視線をニコラスに向ける。
「良いですか? きちんと説明をしてからリーザ様と結婚してくださいよ! いくら契約結婚だったとしても、よそ者はそんな事情知る由もないのですからね!?」
「……わか、った。では、エウラリア嬢に説明する。きとんと、話す」
「いや、今やったら逆効果なので今は止めてください。余計にリーザ様に憎悪が向きます」
「……じゃあ、どうしろというのだ」
ニコラスは本日の報告書をオリンドに手渡しながら、そう問いかけた。この報告書はグリーングラス公爵家に届けるものだ。ドローレンス伯爵家はグリーングラス公爵家の分家の為、報告だけはきっちりとしないといけない。
「とりあえず、リーザ様を守ってあげてください。いいですか? リーザ様を守るのです。決して、エウラリア嬢の神経を逆なでしないように。ニコラス様、無意識のうちに人の気持ちを逆撫でしますからね……」
「おい、それではまるで俺が人の気持ちに疎い鈍感な男みたいじゃないか」
「疎いでしょう。むしろ、ニコラス様よりも疎い人間はこの世に居ませんからね!?」
オリンドはニコラスから報告書を受け取り、封筒に入れ封をしながらそんなことを叫んだ。オリンドからしても、エウラリアのことは許せそうにない。だが、しかし。リーザが笑っているのだから、自分たちが何かを勝手に起こすのは筋違いも良いところだ。そう思って、耐えていた。……目の前の主は、きっとオリンドよりも納得していないだろうが。
「じゃあ、そう言うことでよろしくお願いしますね。俺はさっさとこの報告書をグリーングラス公爵家に届けてきますので」
「……あぁ」
そんなニコラスの返事を聞いて、オリンドはニコラスの執務室を出て行く。手元には、やたらと分厚い封筒があり、それを持ちながら邸を歩く。
「あーあ、新たなトラブル発生ですか。これでリーザ様が逃げたら、俺の今までの苦労は何だったんだっての!」
オリンドは、廊下で一人そう叫んでしまった。このままだと、二人の仲がまた拗れてしまうのではないだろうか。しかも、よそ者によって。そうなったら……もう、無理だ。修復不可能だ。そう思い、オリンドはその場で頭を抱えてしまうのだった。
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