リーザの騎士団見学(4)


「リーザは、食べないのか?」


 それから十分程度経った頃。ニコラスがどんどんサンドイッチを食べ進める中、リーザはただ微笑んでその場にいるだけだった。ニコラスはそれに疑問を持ち、そう声をかける。てっきり、リーザも一緒に食べるものだと思っていた。……自分勝手に食べ進めておいて、今更言えることではないのだが。


「いえ、今回私の分はありませんので。私は邸に帰ってから食事をしますね」


 何でもない風にリーザはそう言うが、今の時間ならばお腹が減っていないわけがない。そう思い、ニコラスは自分が手に持っていたサンドイッチをじーっと見つめ……そのまま、リーザの口に突っ込んだ。その瞬間、リーザの目が大きく見開かれるもそのサンドイッチを素直に受け取る。


「……旦那様?」

「いや、どうにもこれで最後みたいだったからな……。リーザも、腹が減っただろうから、俺がかじったものだが食べろ」


 確かに、バスケットの中にサンドイッチはもうない。だからこそ、リーザは目をぱちぱちと瞬かせながらも「……ありがとう、ございます」とだけ言ってそのサンドイッチを小さくかじる。その一口はニコラスよりもかなり小さくて。ちまちまとサンドイッチを食べるリーザを見ていると、ふと小動物が脳裏に浮かんだ。……小動物は、こういう風に食事をしていなかっただろうか? そう考えて、ニコラスの口元がふっと緩む。だが、すぐに自分がとった行動の重大さに気が付き、茫然としてしまった。


(いや、食べかけを口に入れたらダメだろ。……リーザは気にしていないが、それでも、やってしまった……!)


 絶対に、嫌われた。そう思い、リーザの見ていない間に頭を抱えるニコラスに対して、リーザはちまちまと自作のサンドイッチを食べ進めていた。我ながら美味しく出来たのではないだろうか。味見は確かにしたものの、ニコラスに気に入ってもらえる保証はなかった。だからこそ、美味しいと言ってくれたことが何よりも嬉しかった。


(良かったぁ……。美味しいって言ってもらえたわ!)


 ニコラスの内心など知りもせず、リーザはふんわりと笑いながらサンドイッチを食べ進める。決して、ニコラスを意識していないわけではない。ただ、美味しいと言ってもらえたことが嬉しく、そちらにしか意識が行っていないだけなのだ。


「……リーザ」

「はい、旦那様?」


 ようやく立ち直ったニコラスが、リーザを見つめればリーザは丁度サンドイッチを食べ終えたところだった。そんなリーザを見ると、自分の悩みなど些細なものに思えてしまう。……そうだ。間接的にキスをしていたとしても、リーザが気にしていないのだから問題はないだろう。……それはそれで、悲しい気もするのだが。


「あっ、ニコラスさん~!」

「奥さんと仲良く食事ですか? 良いですね!」


 そんな時、ふと数名の女性騎士がニコラスとリーザの方にやってきた。彼女たちは、ニコラスから見て同期に当たり、度々会話をする関係である。彼女たちは平民ではあるものの、優秀な数少ない女性騎士だ。性格もサバサバとしており、会話をしていて疲れない。……欠点を挙げるとすれば、下世話なのだ。


「わぁ、ニコラスさんの奥さんって、すっごく綺麗!」

「ヤバイ~! 可愛い!」


 そんな中、二人の女性騎士がニコラスからリーザの方に意識を向ける。それを聞いたリーザは、小首をかしげてしまう。その姿が余計に女性騎士たちの心をくすぐったらしく、「抱きしめてもいい~?」なんて聞いてくる。


「え、えっと、私は……」

「大丈夫大丈夫。男じゃないから、警戒しないで!」

「……では、どうぞ」


 一人の女性騎士はそう言ってリーザを言いくるめ、リーザのことを抱きしめる。その際に、リーザの鼻腔に届いたのはすごくいい爽やかな香りだった。……騎士様なのに、良い香り。そう思いながら、リーザはふんわりと笑っていた。


「……ヤバいわ。この子、すっごく可愛らしい。ニコラスさんにはもったいないぐらい……」

「……まぁ、この仏頂面男にはこんな美少女、似合うわけないわ」

「誰が仏頂面男だ」


 ニコラスが女性騎士のことを軽くにらみつけながら、そう返す。すると「わぁ、怖い怖い」なんて女性騎士はわざとらしく笑い始めた。それが気に障り、ニコラスはどんどん不機嫌になっていく。


(今回は同性だからいいが……。リーザがモテるのは、やはり微妙な気持ちになってしまう。……俺は、心が狭いのだろうか?)


 そんなことを思いながら、女性騎士たちにもみくちゃにされるリーザを、ニコラスは見つめていた。シルヴェリオの時の様に乱入しなかったのは、これがリーザのためになるかもしれないと思ったからだ。少しでも、リーザに同性の友人が出来れば。そう思ったのだが――もうそろそろ、限界だった。


「……もう、いいだろうか?」


 だから、ニコラスはリーザと女性騎士たちの間に入り、抑揚のない声でそう言った。その低い声を聞いてか、女性騎士たちは「じゃ、私たちは満足したから帰るわ~」とだけ言って去っていく。残されたのは、リーザとニコラスの二人。


「……リーザ、あまり警戒心なく抱きしめられるのは、どうかと」

「……すみません。でも、私嬉しくて……」


 しょんぼりとしてそう言うリーザを見ていると、ニコラスの怒りの気持ちなどぶっ飛んでしまう。脳内が「可愛らしい」で埋め尽くされ、グッと唇を一の字にする。今口を開けば「可愛い」としか言えない。そう思っての、行動だった。


 こうして、リーザの騎士団見学は終わった。


「……何よ、あれ」


 たった一つの、棘を残して――……。

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