リーザの騎士団見学(3)


「リーザ、悪い、待たせた」


 それから約五十分後。ニコラスはようやくリーザの元に向かうことが出来た。騎士団長に呼ばれてしまったこともあり、休憩時間に入ってすぐにリーザの元に来れなかった。それを悔やむニコラスだが、リーザは何でもない風に「いえいえ、それよりも食べましょう」と言ってくる。それに、ニコラスは少しだけ心が楽になった。


「……リーザ。少し歩くが、王宮の中庭付近で食べよう。そこの方が……静かに、食べられる」


 ニコラスは口元を押さえながらそう言う。ここで食べるのもいいが、ここの場合はやたらとうるさい輩がいる。先ほども「あの女性と会話がしてみたい」という声を聞いたばかりなのだ。しかも、視線はしっかりとリーザに向いていた。……このままだと、ニコラスが嫉妬でどうにかなりそうだ。


「分かりました、旦那様。では、行きましょう。……とはいっても、私王宮の中詳しくないので、案内をお願いいたします」

「……あぁ」


 リーザにそう言われ、ニコラスはリーザの手を取って歩き出す。その際に、リーザが少しだけ驚いたように目を見開いたがお構いなしだった。……もっと、リーザに触れたい。そう思う気持ちが、心の中で渦巻いて消えてくれないのだ。


「……王宮って、こんな風になっていたのですね」


 王宮の廊下を歩きながら、リーザはそんなことを零した。リーザは下位貴族の生まれだ。高位貴族の人間ならば度々王宮に来ることもあるだろうが、子爵令嬢ごときでは来る機会など一度もなかった。そのため、こぼれた感想だった。


「……よく、覚えておいてくれ。これからは来ると思う……から」


 そんなリーザのつぶやきに、ニコラスはそう返す。今のリーザはドローレンス伯爵夫人である。今まではニコラスが「妻は、派手な場所を好みませんので」と言って誤魔化してきたが、もうそろそろ王家主催のパーティーなどに連れてくるのもいいかもしれない。そう、判断したのだ。……というよりも、思いが通じ合ってもいないのにリーザをほかの男の視線に晒すのが嫌だった。だから、今まで表にも出さなかった。もしも、リーザがほかの男に惚れてしまったら……そう思うと、気が気ではなかった。もちろん、それは今もだが。


「分かりました、旦那様」


 ニコラスの醜い内心などちっとも知らないリーザは、そんなことを微笑みながら言う。その微笑みに見惚れながらも、何とかニコラスは王宮の中庭にたどり着くことが出来た。……我ながら、抱きしめたい衝動を良く我慢できたのではないだろうか。そんな風に自分を褒めながら、ニコラスはリーザに「ここに座ろう」と言って中庭の端にあるベンチを指さす。


「中庭って、騎士様が使ってもよろしいのですか?」

「あぁ、茶会などがない日は使用人や騎士が使っている」


 リーザの素朴な疑問に、ニコラスはすぐに答えてくれた。王宮の中庭は騎士や使用人たちに幅広く解放されている。もちろん、茶会などがある日は無理だが、それ以外はみなの憩いの場となっていた。ニコラスは一人になりたいとき、度々ここの隅に居座っていたものだ。


「そう言えば、デジデリアが私たちのことを放ってどこかに行ってしまいましたが……大丈夫でしょうか?」

「……大丈夫だろう。ここは物騒じゃない」


 リーザはバスケットの持ち手を弄りながら、そんなことを零す。王宮の中庭に向かう際、デジデリアは突然「少し、用事を思い出しました」とだけ言ってどこかに立ち去ってしまったのだ。それを見てリーザは怪訝に思ったものの、プライベートなことかもしれないと考え、何も問いかけなかった。


 それに対して、ニコラスはデジデリアが気を遣ってくれたのだとすぐに分かった。デジデリアは、ニコラスを嫌っている。だが、それでもリーザを任せるという選択を取ってくれたのだ。……素直に、感謝するしかないだろう。


「そうですか。だったら、大丈夫そうですね。……とりあえず、食べましょうか。どうぞ」


 リーザがふんわりと笑ってバスケットにかかっていた布を取ると、色とりどりの具材が入ったサンドイッチがニコラスの視界に入る。少し大きさが大きめなのは、きっとたくさん食べるニコラスに気を遣ってのことなのだろう。


「……リーザが、作ってくれたのだな?」

「えぇ、もちろん。……料理人に止められてしまって、サンドイッチぐらいしか作れませんでしたが……」


 そんなことを零すリーザだったが、ニコラスはすぐにそのサンドイッチの一つを手に取る。パンはドローレンス伯爵家が懇意にしているパン屋のものらしい。具材はレタスにトマト、あとは焼いたベーコンだろうか。そんなことを考えながら、ニコラスがサンドイッチを口に運べば、今まで食べたもの中で一番美味だと思ってしまう。


「……美味い、な」


 ニコラスがそう零せば、リーザの表情がぱぁっと明るくなる。そして「実家にいたころと同じ感じで作ったのです!」と嬉しそうに笑みを浮かべていた。その笑顔を見ていると、ニコラスはどうにかなってしまいそうだったが、それでもグッとこらえ誤魔化すようにサンドイッチを頬張る。


「……何か、コツがあるのか?」

「はい、ドレッシングを自作するのです。今回は訓練の昼食ということで、味を濃いめにしてみました」

「……そうか」


 リーザがそこまで自分のことを考えてくれていたことが、素直に嬉しい。そう思いながら、ニコラスはそのサンドイッチを食べ進めていた。

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