リーザの騎士団見学(2)
「あ、あぁ、それは知っている。……だが、出来れば、その……来てほしくなかったというか……」
リーザの微笑みから視線を露骨に逸らしながら、ニコラスはしどろもどろになりながらそう答える。その姿は、付き合いたての恋人に照れている初心な男のようで。周りは唖然としてしまった。
「ニコラスさん、結婚して一ヶ月以上経っていたよな……?」
「だけどさぁ、あんな綺麗な奥さんだったらああなるってば……」
後ろからそんな声が聞こえてきたので、ニコラスはその鋭い目つきでその騎士たちを睨みつけた。すると、その騎士たちは「ひえぇぇ!」などと悲鳴をあげ、一目散に訓練に戻っていく。
「旦那様。同僚の方々には、優しくしなければだめですよ?」
「アイツらは同僚じゃなくて後輩だ。……それに、リーザを見せたくない」
ニコラスの口は、薬のせいなのかやはりそんなことばかり口走ってしまう。ニコラスはリーザの容姿がとても整っていると、だから他の男に見せたくないと思っている。だが、リーザはそんなこと想像もしていない。リーザは自分の容姿に無頓着なのだ。リーザは、変なところで自己評価が低い。だから、そんなことを想像もしない。
「大丈夫ですってば。いつも言っていますが、私に惚れるような物好き、そう簡単に現れませんから」
「……いや、いる。大量にいる」
リーザがきょとんとしたような表情でそう言えば、ニコラスは必死にリーザにそう伝えた。容姿に頓着がないのはリーザの美点の一つかもしれないが、ここまで自分の容姿に興味がないとなれば、それはそれで問題だった。
「あっ、旦那様。そう言えば、差し入れを持ってきたのですよ、約束通り。休憩時間にでも食べてくださいな。デジデリア」
「はい、リーザ様」
デジデリアはそう返事をして、手に持っていたバスケットをリーザに手渡す。そのまま、リーザがニコラスにそのバスケットを手渡そうとするが、ニコラスは少し考えたのち「……もうすぐ、休憩だから一緒に食べよう」なんて言ってしまった。それは、ニコラスにとっても完全に予想外の言葉だった。
(おい、俺、今なんて言った……?)
などと、思ってしまうぐらいには予想外だった。確かに、本音で言えば一緒に食べたかった。むさくるしい好きでもない男たちと昼食をともに摂るぐらいならば、愛するリーザと食べたいと思っていた。しかし、まさかそれをそのまま伝えてしまうなんて。「来てほしくない」と言っていた手前、それは少々自分勝手すぎるのではないだろうか? そう思い、ニコラスは自己嫌悪モードに入ってしまう。
「あ、そ、その、だな……」
「えぇ、いいですよ」
ニコラスが何とかして取り繕う方法を考えていた時。リーザはあっけらかんと了承し、「じゃあ、そこで座って見学していますね」とだけ告げて元居た場所に戻っていく。そして、すぐに「頑張ってくださいね」なんて言い呑気に手を振り始めた。その隣に立つデジデリアが、ニコラスに厳しい視線を向けるのももういつものことだ。
(……いや、何故あんなにもすぐに納得するんだ……)
流れ的に、自分はかなり勝手なことを言ったはずだ。そう思うのに、怒りもせずにあっけらかんと了承したリーザ。やはり、自分が想像するよりも何倍もお人好しで優しい少女だ。でも、だからこそ、自分が守らなければ。そんな認識が、ニコラスの中で強まった瞬間だった。
ニコラスが訓練場の中心部に戻れば、そこではニコラスの上司である騎士団長が、にやにやとした表情でニコラスを見つめてきた。齢二十五になる騎士団長は、とても容姿が整っていることから女性人気が高い。だが、彼は既婚者で三歳になる娘がいるのだから、女性からすれば悔しい案件である。……ちなみに、騎士団長が妻と娘を溺愛しているというのは騎士団内では結構有名な話だ。
「ニコラス。お前、案外妻と仲が良かったんだな」
騎士団長は、そう言いながら何かの書類をニコラスに手渡してくる。その書類の一枚目に視線を落とせば、そこには来月の訓練スケジュールがみっちりと書いてあった。二枚目以降も、急ぐものではないだろう。そう判断し、ニコラスはその書類を近くにあった鞄の中に突っ込む。
「……当たり前、でしょう」
「いや、お前があまりにも妻を見学に連れてこないから、密かに不仲説が囁かれていたんだぞ? 確かに貴族の政略結婚ともなると、不仲なのも当たり前かもしれないが……」
「そうですか」
「だが、あんなにも美しい女性だったら、あまりここに連れてきたくないも分かるがな」
そう言いながら、ニコラスの肩を一度だけたたき「ま、頑張れ」なんて告げて騎士団長はほかの騎士たちの元に歩いていく。その後ろ姿を睨みつけながら、ニコラスはこっそりと「……あんたも、似たようなもんだろ」とだけ言葉を投げつけた。
「……さて、休憩まであと四十分か。さっさと済ませて、リーザの元に行くか」
それだけを呟いて、ニコラスは訓練に戻っていく。本日は全体訓練ではなく、個別訓練ということもあり訓練場は比較的ワイワイとしている。王立騎士団は、個別訓練の際は雰囲気が緩いのだ。……だからこそ、この日にリーザに来てもらうという選択を取った。
(全体訓練は真面目だからな。……リーザが、雰囲気に呑まれてしまうかもしれない)
そう思いながら、ニコラスは自身の模擬剣を手に取る。王立騎士団に所属している騎士たちの性格は、結構緩い。だが、精鋭部隊であることは間違いない。ここにいる誰もが――優秀な騎士なのだ。それには、変わりない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます