リーザのお願い
☆★☆
「そ、その、旦那様。……私を、次の騎士団の訓練に連れて行ってくださらないでしょうか……?」
そうリーザがニコラスにお願いをしてきたのは、ニコラスが騎士団の訓練から帰ってきた夕暮れ時のことだった。頬を真っ赤にしながら、上目遣いでそうお願いをしてくるリーザの姿は……ニコラスには効果抜群で。きっと、リーザは無意識のうちの行動だったのだろうが、ニコラスはその場でリーザのことを抱きしめたくなった。だが、その衝動をグッと抑え、リーザに「何故、だ?」と問いかけた。それは本音だった為、何とか言うことが出来た。
「い、いえ、その……。騎士様って、どういう訓練をしているのかが気になってしまって……。それに、旦那様の騎士の制服姿、ちょっと見てみたいなぁって……」
視線を彷徨わせながらそう言うリーザは、とても美しくて。周りの使用人たちも、感嘆のため息を零してしまう。頬を真っ赤に染めながら、上目遣いでそう言われてしまえば……ニコラスの脳内は、「そのお願いを叶えてあげたい」という方向にしか向かわない。しかし、そのお願いには問題があったためその気持ちをこらえる。
(騎士団の訓練場にリーザを連れて行ったら……そんなの、他の男たちの視線が集中してしまうじゃないか!)
そう思い、ニコラスは「……無理だ」と静かに告げた。それは、心の底からの本音。騎士団の見学に来る女性は多い。恋人や夫の姿を見るため。もしくは、結婚相手を探すため。見学自体は大丈夫なので、リーザが行くこと自体は全く構わない。問題なのは……ニコラスの気持ちである。
「……どうして、ですか?」
リーザに悲しげにそう問いかけられて、ニコラスは言葉を詰まらせてしまう。何とか、本音を隠して訳を話せないだろうか。そう思うが、薬の効力に抗うことなど今まで出来たためしがない。だからだろう、口を開けばすんなりと「本音」が出てきてしまう。
「……リーザのような美しい女性が、騎士団の訓練場に来てしまったら……ほかの男にじろじろと見られる、じゃないか。そんなの……俺が、許せない」
騎士団の男女比率は九対一で圧倒的に男性が多い。その中には、自分好みの恋人を募集している男性もいる。そんな男にリーザが目をつけられたら……。そう思うと、ニコラスは気が気ではなかった。リーザは綺麗だ。きっと、誰に問いかけてもそんな答えが返ってくるだろう。
「……私は、そんなにも……」
「いや、リーザは綺麗だから絶対にじろじろと見られる! そんなの、嫉妬して俺がどうにかなってしまいそうだ。リーザがほかの男に見られたら……リーザが減る!」
「……いや、私は減りませんけれど」
ニコラスの必死すぎる態度に、現実に戻って来たのかリーザが少しだけ呆れたような視線で、ニコラスのことを見つめる。しかし、その呆れたような視線さえもニコラスには可愛らしく見えてしまう。何故、恋とはこんなにも人を盲目的にするのだろうか。そう思うが、すぐに「リーザが美しすぎるのが悪い」という見事な責任転嫁を生んだ。
「リーザは俺以外の男に見つめられたら、ダメなんだ。騎士団は圧倒的に男が多い。だから……」
しどろもどろになりながらそうリーザに説明をするものの、リーザはどこか不満そうだった。そして「……私、男性に色目なんて使いませんよ?」とニコラスに少し怒ったように言葉をぶつける。ニコラスにだって、それぐらいわかっている。それでも、リーザをほかの男たちの視線に晒すのが嫌だった。
「……リーザ」
「……私、旦那様に差し入れを持っていきたかったのに……」
ニコラスがどうやってリーザを止めようかと考えていた時だった。ふと、リーザが怒ったように視線を逸らしながら、そんなことを告げたのだ。その言葉を聞いた時、ニコラスは混乱した。今、リーザは何と言っただろうか。記憶が正しければ「差し入れ」と言っていた気がする。
「……差し入れ?」
「はい、差し入れ。私、これでも料理が出来るのです。なので、旦那様に差し入れを持っていこうと思いまして……。出来ることならば、旦那様の同僚の方々にも……」
「いや、やめろ。差し入れを持ってくるのならば、俺に対してだけにしてくれ!」
「……旦那様」
リーザの言葉を聞いたニコラスは、思わずリーザの肩を掴みながらそう言ってしまう。それに、リーザは少しばかり驚いてしまう。でもそれよりも、肩が、痛い。そう思って、眉をひそめた。
(や、やってしまった……!)
そして、そんなリーザの表情を見て、ニコラスはそう思ってしまう。だが、それでもニコラスは嫌だった。リーザの手料理が、他の輩の口に入ることが。
「俺以外がリーザの手料理なんて食べたら、俺が嫉妬で狂う。だから……リーザの手料理は、俺に対してだけの差し入れにしてくれ!」
「……あの、でしたら見学に行くことは了承してくださるのですか?」
ニコラスの必死すぎる迫力に押されながら、リーザがそう問いかける。すると、ニコラスはしばし考えたのち「……いい、ぞ」と言って頷いてくれた。どうやら、差し入れを持ってきてほしいという気持ちの方が勝ったらしい。……そう、リーザは判断した。だが、実際は少々違う。
(リーザの手料理が食べられるのならば、もうこの際我慢する。だが、絶対にリーザをほかの男の視線から守らなければ!)
ニコラスは、ただリーザの手料理が食べたかっただけなのだ。互いにすれ違っているため、互いの本音は分からない。だがこういうのもきっと――知らぬが仏、というのだろう。
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