リーザとニコラスのデート(4)


 ☆★☆


「旦那様、本日はありがとうございました。とても楽しかったです」


 夕暮れ時の、馬車の中。ドローレンス伯爵邸に帰る途中、リーザはふとニコラスにそうお礼を告げた。シルヴェリオの乱入があったものの、それでもリーザは満足していた。今まで知らなかったニコラスの意外な一面を見ることも出来た。それに、確かに喜びを覚えていたのだ。……今までだったら、決して感じなかった感情だろう。


「……い、いや、リーザが満足してくれたのならば……良かった」


 対するニコラスは、しどろもどろになりながらもそう言う。どんなに気の利いた言葉を言いたくても、ニコラスにはそれが出来なかった。リーザを見ると、脳内でシミュレーションしていた言葉が全て吹っ飛んでしまう。むしろ、そうでなければここまで口下手にはなれないだろう。それは、本人だって理解していた。


 夕陽が馬車の中を照らし、オレンジ色に染めていく。リーザの金色の髪がオレンジ色の光に照らされると、尚更美しく見える。それに視線を奪われながら、ニコラスはふと今までのことを思い出す。……今まで、女性と二人きりで出掛けたことなど一度もないということを。


「……あの、な、リーザ。……リーザは、俺の初恋相手なんだ」


 そんな言葉が、ニコラスの口から無意識のうちに出てしまう。今から何年か前に、ニコラスは初めて社交の場でリーザを見かけた。その瞬間――心を奪われたのだ。まさに、一目惚れと言っても過言ではない。いつかリーザを妻に迎えたい。その一心で、リーザのことを調べ続けた。だが、近づくことは出来ず、ずっと遠目に見つめていた。……見る人が見れば、それはストーカーだろう。だが、そうツッコんでくれた人は生憎ニコラスの側にはいなかった。


「初めてリーザを見たとき、心を奪われた。何とかしてリーザに近づきたい。……そう、思っていたんだ。だが、俺は不器用だから……その」


 口が勝手にそんな言葉を紡いでいく。何とかして、止めたい。そう思うのに、これも薬のせいなのか言葉が勝手に出てきてしまう。口元に手を当て、何とかして誤魔化せないかと思うがそれも無駄な抵抗だった。


「……女性と二人きりで出掛けたことも、初めてだったんだ。誘われたことは何度かあったが……リーザ以外が俺の隣に居るのは、なんだか納得がいかなくて」


 何故、口が止まらないのか。そう思い、脳内では焦るのに口が紡ぐのは自分の不器用な歴史ばかり。あぁ、何故兄弟たちみたいに器用に生きられないのか。何度も何度もそう思い、自己嫌悪に陥った。そんな感情が、ニコラスの心を埋め尽くしていく。


「……旦那様は、真面目なのですよ」


 本当に、もうそろそろ止まってくれ。ニコラスがそう思っていた時、リーザがそんな言葉を発した。視線は窓の外の夕陽か何かを見つめているようで、ニコラスから表情は見えない。でも、その声音は酷く優しかった。


「不器用なのは、真面目だからです。……そもそも、真面目過ぎるのですよ、旦那様は。私の家の借金を払ってくださっただけではなく、定期的に仕送りしちゃうぐらいには」


 そう言って、リーザはニコラスに視線を向ける。その目は優しく細められており、リーザの人の好さがうかがえた。


「真面目過ぎますけれどね。でも、私も真面目過ぎるところがあるので、それでいいと思うのです。無理に、変わらなくていいって。……そう、思いませんか?」


 リーザの形のいい唇が、そんな言葉を紡いでいく。その綺麗な口元に視線を奪われながら、ニコラスはリーザの話を真剣に聞いていた。……一言一句、聞き逃さないように。


「周りが器用だからって、自分も器用に生きなくてもいいじゃないですか。だって、真面目だって取り柄なのですから。……ま、私はお人好し過ぎるって注意されちゃいますけれどね。いつか詐欺師に騙される、なんて言われるのです。失礼しちゃいますよね」

「……リーザが詐欺師に騙されたら、俺がその詐欺師を殺す」

「旦那様、物騒ですね。でも、ありがとうございます」


 そんな言葉とほぼ同時に、リーザの綺麗な髪がふわりと揺れた。どうやら、馬車が少しだけ揺れたらしい。さらには、リーザの宝石のようにきれいな瞳。それを見ていたら……ニコラスは、少しでもいいからリーザに触れたかった。だからこそ、勇気を振り絞ってリーザの手に自身の手を重ねてみる。


「俺が、リーザを死ぬまで守る。……いや、死んでも守る。だから……側に居させてくれない、か?」


 恐る恐るそう問いかければ、リーザは「重いですね、愛情が」なんて告げた後、「そんなことをおっしゃって、後悔しても知りませんよ?」とニコラスに告げた。だからこそ、ニコラスは首がはち切れそうな程首を横に振り「後悔なんて、絶対にしない」と熱心にリーザに言う。その目には、強い意志が宿っているようで。


「……旦那様。少しだけ、貴方のことが知れて嬉しかった」


 だから、リーザは小さくそう零してしまった。その言葉に、ニコラスは目を丸くしてしまう。そして、嬉しくなった。今までの関係と、違う関係が築け始めている。この時確かにそう、確信できたから。

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