リーザとニコラスのデート(3)


(シルヴェリオ? 確か、マッフィオ伯爵家の令息だな)


 ニコラスはそんなことを考えながら、リーザのことをちらりと見つめる。すると、リーザは「……その」などと言いながら、少しだけ視線をニコラスから逸らした。そんなリーザを熱く見つめながら、シルヴェリオと呼ばれた青年は「久しぶり」なんてリーザに声をかけながら、その口元を緩ませる。


「……リーザ。本当に久しぶりだな。一段と、綺麗になった」


 そんなことを言いながら、シルヴェリオはリーザの隣に腰を下ろす。それを見たニコラスは、眉をひそめてしまった。……何故、彼はリーザの側に寄るのだろうか。そう思いながら、ニコラスが不機嫌になっているとリーザは視線を少しだけ彷徨わせ、俯いてしまう。


「……そ、その、旦那様。このお方は……」


 リーザが意を決したようにニコラスを見つめ、口を開きかけるとシルヴェリオはリーザの前に手を出し、その言葉を止める。そして、憎々しいとばかりに憎悪の籠った視線でニコラスのことを一瞬だけ見つめたのち、不敵な笑みを浮かべていた。その濃い緑色の瞳からは、感情がうまく読み取れない。


「初めまして、ニコラス様。僕はシルヴェリオ・マッフィオと言います。……リーザの、幼馴染です」


 そう言うと、シルヴェリオは軽く頭を下げる。その仕草は淡々としており、ニコラスがグリーングラス公爵家の出身だから一応という雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。どうやら、シルヴェリオはニコラスのことを好いていないらしい。それは、鈍いニコラスにもよくわかった。


(リーザの幼馴染……? なんだ、それは……)


 心の中でそう零しながらシルヴェリオを見つめれば、シルヴェリオは「……何故、こんな奴が」なんて言いながらニコラスに敵意を露わにする。その瞬間、レストランの外にある木々がざわめいた気がした。一触触発といった雰囲気に、リーザはどうすることも出来ない。ただ「シルヴェリオ様も、旦那様も、落ち着いてください……!」ということしか、出来ない。


「リーザ。あのね、僕はずっと昔からキミが好きだったって言っていたよね? なのに、突然結婚しちゃうなんて……キミは、とても悪い女性だね」


 そんなことを言いながら、シルヴェリオは隣に座るリーザを見つめる。その視線には好意が映っているものの、どこか寂しそうな雰囲気を纏っていた。そんなシルヴェリオの言葉に思い当たることでもあるのか、リーザは視線を逸らし俯いてしまう。


「リーザ……」

「っつ! リーザに触れるな!」


 シルヴェリオの手が、リーザの頬に触れそうなとき。ニコラスは思わず声を荒げてしまった。その大きな声に、レストラン内の視線が一気に三人に集中する。それに気が付いたからか、リーザは「……その、迷惑なので止めてください」と言ってシルヴェリオの手を拒否した。


「……リーザ」


 それに気が付いたシルヴェリオの悲しそうな声が、リーザの耳に届く。その声が、リーザの胸を微かに痛ませた。でも――リーザは、思うのだ。今の自分はニコラスの妻なのだと。


 きっと、ニコラスの態度が変わるまでならば、シルヴェリオの手を拒否することはなかっただろう。しかし、今リーザはシルヴェリオを拒否した。それは、確かにニコラスに「悪い」と思ったから。幼い頃から、ずっと一緒に育ってきた幼馴染よりも、契約結婚の相手であるニコラスを選んだのだ。


「シルヴェリオ、様。私は……今はドローレンス伯爵夫人で、ニコラス様の妻なのです。なので、貴方の手を取ることは……できません」


 その後、リーザはゆっくりとシルヴェリオに視線を向けて、かみしめるようにそう言った。それから、小さく頭を下げる。その言葉に、ニコラスはホッと一息をつきながら柄にもなく安心した。どうしても、リーザを奪われたくなかった。だからこそ、リーザが自分を選んでくれたことが何よりも嬉しかった。


「……そっか、リーザ。分かったよ。……でも、僕はまだ諦めないから」


 言葉の最後を強調しながら、シルヴェリオはリーザとニコラスの元を立ち去っていく。その後ろ姿を見つめながら、リーザは静かに「ごめんなさい」とニコラスに告げた。その言葉に、ニコラスはすぐには反応できなかった。


「その、ごめんなさい。シルヴェリオ様が……ご迷惑を、かけてしまって……」


 項垂れながらそう言うリーザに、ニコラスは「気にしていない」というのが精一杯だった。シルヴェリオという男は、確かに気に食わなかった。でも、それよりも……リーザが自らを選んでくれたという現実の方が、何百倍も重要だった。


「いや、リーザが……俺を選んでくれたことが、すごく……その、嬉しかったんだ」


 しどろもどろになりながらニコラスがそう言えば、リーザは「ありがとう、ございます」とはにかみながら伝えてくれた。きっと、ニコラスは自分のことを気遣ってそう言ってくれたのだろう。リーザは一瞬だけそう思ったものの――


(いや、旦那様は私に今本音しか言えない状態だったのよね……)


 すぐにそれを思い出し、くすっと笑い声をあげてしまった。それを不思議に思ってか、ニコラスが目をぱちぱちと瞬かせるのも、尚更面白い。……そう、リーザは思ってしまった。

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