リーザとニコラスのデート(2)


 ☆★☆


「リーザ、楽しかったか?」

「えぇ、とっても」


 それから二時間半後。劇を見終え、リーザとニコラスはとあるレストランにて昼食を摂っていた。ニコラスが席を取ったという劇は、女性人気が高いというだけはありゴテゴテの恋愛ものだった。それでも、リーザは楽しめた。普段はあまり恋愛ものに触れることはないのだが、たまにはいいな。そう思わせてくれる魅力が、確かにあったのだ。


「ですが、旦那様は退屈そうでしたね……」


 リーザが苦笑を浮かべながら、そうニコラスに声をかける。会場内は圧倒的に女性が占めており、男性はかなり少数だった。ちらほらいる男性は、大方彼女か妻に連れてこられたのだろうな。そう、ニコラスは考える。まぁ、ニコラス自身はリーザに喜んでほしくて席を取ったので、いろいろと事情は違うのだが。


「……あぁ、あまり楽しくはなかった。だが、リーザが喜んでくれただけで、席を取ってよかったとは思っている」


 ニコラスは目の前の紅茶を飲みながら、そんなことをリーザに零す。当初は恥ずかしくて仕方がなかった本音も、最近では少し耐性が出来ていた。むしろ、自分の言葉でリーザが照れているのを見ることが、嬉しい。リーザが照れているときは、自分自身のことで心も脳も支配されていると思えるからだ。……ニコラスには、片想いを拗らせすぎた結果重くなりすぎているという自覚はある。だが、それほどまでにリーザが好きなのだから仕方がない。そう、ニコラスは自分自身に言い聞かせていた。


「……その、旦那様。私、旦那様とお出掛けが出来て、すごく嬉しいのです」


 レストランの店員が注文したメニューを持ってきた時、不意にリーザはそう零した。その頬は真っ赤に染まっており、ニコラスは目を見開いてしまった。ニコラスは常々、自分には嫌われる要素はあっても好かれる要素はないと思っている。こんな風に言われる、素敵な男性ではないと自覚しているのだ。


「……リーザ、その、嘘は……」

「いいえ、違います。私は、今心の底からそう思っているのです。契約結婚だって割り切っていても、もしかしたら心のどこかでは普通の結婚に夢を見ていたのかもしれません。……今、気が付きましたけれど」


 そう言ってはにかむリーザは、とても魅力的で。ニコラスは今すぐにでも目の前のテーブルをたたいて、突っ伏したい衝動に襲われた。しかし、ニコラスは馬鹿力の持ち主である。テーブルをたたいたら壊してしまう可能性があるのだ。それに気が付いたため、ニコラスは手のひらをぎゅっと握り締めるだけで耐えた。我ながら、よく我慢できたと褒めてやりたい。心の中では、そんな風に自画自賛する。


「そうだ、旦那様。私、旦那様に今度プレゼントを渡そうと思っておりますの。当初は夫婦円満を偽装するためのものだったのですが……今では、本当に旦那様にプレゼントを渡したいと思っているのです。今作成していますので、少々お待ちくださいね」

「あ、あぁ、その、プレゼント、とは……」

「いえ、大したものではないのです。せっかくなので、旦那様のご実家のグリーングラス公爵家の家紋と、ドローレンス伯爵家の家紋を刺繍したハンカチでも渡そうかな、と……」


 当初、リーザの予定ではドローレンス伯爵家の家紋を刺繍したものだけを渡すつもりだった。だが、ニコラスが変わった今、ニコラスの支えになりたいと確かに思ったのだ。そして考えたのがニコラスの実家であるグリーングラス公爵家の家紋を刺繍したものも作ること。ハンカチならば、二枚贈っても何の問題もないだろう。そう言う考えからだった。


「それから、楽しくなっちゃったのでクッションなんかも作るかもしれません。どこかに置いていただけると、幸いです」


 そう言うリーザは、少しばかり照れているようにも見える。だからこそ、ニコラスは「……とても、嬉しい」ということしか出来なかった。そう言えば、以前リーザは刺繍がしたいと言っていた。多分だが、元からニコラスに夫婦円満を偽装するものとして渡すつもりだったのだろう。……その刺繍を巡って、オリンドと言い争いをしたのは記憶に新しい。


(リーザがわざわざ刺繍してくれたクッションなど、リーザの香りが付いているじゃないか……! 寝台の上に置いてもいいだろうか? ハンカチも使えるわけがない)


 ついつい心の中で、ニコラスはそんな言葉を零してしまう。口に出なかったのはきっと、不幸中の幸いだろう。リーザに聞かれていたら、間違いなく引かれてしまう。それはそれは、きっとドン引きだ。


「……そうか。では、応接間と俺の寝室に飾っておこう。……リーザが、わざわざ作ってくれたものだからな」


 何とかそう取り繕い、リーザに微笑みかける。どうやら、あの薬の効力は口を開いた時にしか発動しないらしく、先ほど本音が零れなかったのはそう言うことらしい。つまり、口を閉じていれば何の問題もない。


「ふふっ、ありがとうございます、旦那様」


 だが、そんな風にリーザが微笑めば口なんて簡単に開いてしまう。その笑みが綺麗だ。ニコラスが、そう口を開こうとした時――。


「リーザ!」


 ニコラスの後ろから、リーザの名前が呼ばれたのだ。その声を聞いてか、リーザの目が大きく見開かれる。ニコラスも何だろうかと恐る恐るそちらに視線を向けてみれば、そこには濃い緑色の髪をした、一人の青年がリーザのことを見つめていた。


「……シルヴェリオ、様」


 そして、そんな名前をリーザがつぶやいたのも、ニコラスにはしっかりと聞こえていた。

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