湧き上がる興味
それから約三十分後。リーザとニコラスは向かい合ってお茶をしていた。目の前には高級なお茶菓子と紅茶。お茶菓子はとても美味しそうであり、紅茶も湯気が上がる温かいものだ。しかし、ニコラスはどういう反応をすればいいかが分からなかった。目の前では、リーザがゆっくりと紅茶を飲んでいる。
(いや、何故俺は突然誘われたんだ……?)
そう、思ってしまったのだ。正直に言えば、リーザからの誘いとなれば飛び上がるほど嬉しい。だが、今までと今日ではケースが違った。今思えば、リーザが今までお話やお茶に誘ってくれた時は、大体彼女が照れているときだった。つまり、照れ隠しの意味が大きかったのだ。でも、今回はどうだろうか? 何もなく、お茶に誘ってくれた。目の前のリーザは美味しそうに紅茶を飲んでいる。その姿を見ているだけで……ニコラスの胸が無意識のうちに高鳴った。……ニコラスは、かなり重症のようだ。
「旦那様。もしかしてですが、ご迷惑でしたか……?」
ニコラスが固まっていると、恐る恐るリーザがそう声をかけてくる。それを聞いて、ニコラスは慌てて首を横に振り「いや、まったく。すごく嬉しい」と必死に言う。今までならば、そんな素直な言葉は言えなかった。その点に関しては、オリンドに感謝するべきなのだろう。しかし、彼に真正面から感謝の言葉など言えるわけがない。伝えたら最後、三年はネタにされる。
「そうですか。だったら、良かった……」
リーザの声は、心底そう思っているようで。だからこそ、ニコラスは余計に戸惑ってしまう。先ほど、リーザはオリンドと何か会話をしていた。会話の内容はよく知らないが、大方ろくでもないことだろう。オリンドのことだ、ニコラスの好感度が下がるようなことは言っても、上がるようなことは言わないに決まっている。そんな思い込みが、ニコラスの心の中にはあった。
「いや……リーザ。その、何故、突然……」
ゆっくりとそんな言葉を紡げば、リーザは「興味が、出たからですかね」と何でもない風に言う。その時、窓から入った風がリーザの金色の髪を揺らした。その髪にしばらく視線を奪われたものの、ニコラスは慌てて視線を逸らし、「興味とは?」と尋ねた。今ここで尋ねなければ、間違いなく会話が途切れてしまう。
「いえ、大したことではないのです。オリンドから旦那様のお話を聞いていたら……いろいろと、旦那様に興味が湧いてしまって。この関係がいつまで続くかは分かりませんが、それでも旦那様のことを知りたいって思ったんです」
はにかみながらリーザはニコラスにそんな言葉を告げる。その言葉を聞いた時、ニコラスは確かにオリンドに感謝をした。……絶対に伝えはしない、と胸に刻みつけるのももちろん忘れない。
「私、旦那様の好きなこととか嫌いなこととか、苦手なこととか趣味のこととか、いろいろと知りたいと思ってしまって……。もちろん、ご迷惑でなければ、ですが……」
最後の方の言葉は、少し小さくなっていただろうか。だが、そんなことニコラスには関係なかった。ずっと前から恋い焦がれていた女性が、自分のことを知りたいと言ってくれている。契約結婚なんて持ち出してしまった自分が、こんなことを言われるなど夢にも思わなかったのだ。嫌われて当然だと、思い込んでいた。
「迷惑なんかじゃない。俺も……その、リーザのことをもっと知りたい、と思っている」
途切れ途切れにそう言えば、リーザは「ありがとうございます」とふんわりと笑って言ってくれた。その少し赤く染まった頬は、リーザ自身も照れているという証拠だろう。それに気が付いて、ニコラスは嬉しくなった。リーザとの心の距離を縮めたい。そう、常々思っていたのだから。
「そ、その、だな……リーザさえ、良ければ、何だが……」
「旦那様?」
「……リーザさえよければ、俺と一緒にどこかに出掛けないか……?」
だから、ニコラスは自然とそう言えていた。前々から、リーザと共にお出掛けがしたいと思っていたのだ。その気持ちを拗らせすぎた結果、予定もないのに様々なデートスポットを調べる始末。なのに、それが有効活用されたことはないため、オリンドに笑われたぐらいなのだ。
そう、ニコラスとリーザは一緒にお出掛けをしたことがない。社交の場に伴う行為は、ニコラスの中ではデートに入らないのだ。
「いや、無理に、とは言わない。ただ……リーザと一緒に出掛けたいんだ。こういうのを、デートというのだろう? 俺は、ずっと前からリーザとデートがしたいと思っていて……」
あぁ、口が止まってくれない。そう思いながら、ニコラスは俯いて必死にそう言う。こんな格好の悪い誘い方で、リーザは了承してくれるのだろうか? あぁ、何故自分はこんなにも不器用でヘタレなのだろうか。そう思いながらも、ニコラスはゆっくりと自分の気持ちを口にしていた。
「……いいです、よ」
そのためだろう。リーザが了承の返事をしてくれたことに、驚いてしまった。普通、もっとスマートに誘われた方が良いのではないだろうか? そう思うも、リーザは少し照れたように笑いながら「旦那様のことを、もっと知ることが出来るのでしたら」と言ってくれる。
「旦那様。私、旦那様のことを何も知りませんでした。なので……少しずつでも良いので、知りたいと思っております」
そう言ったリーザの胸の中には、間違いなく「興味」という感情が湧き上がっていた。ニコラスのことを、知りたい。そんな気持ちが、確かに芽生え始めていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます