従者のネタバラシ
☆★☆
「あっ、リーザ様。おはようございます~!」
「……えっと、オリンド。おはよう」
とある小雨が降る日の午前中。リーザが屋敷の廊下を歩いていると、一人の従者と出くわした。その顔を、リーザはよく知っている。いや、ドローレンス伯爵家に仕えてくれている使用人たちの顔は、みな覚えている。しかし、彼のことは特に記憶に残っていた。直接会話したことこそほとんどないものの、ニコラスの側にずっと控えているのだ。覚えないわけがない。
「いや~、それにしてもリーザ様はいつ見てもお美しいですね~!」
「……お世辞が、うまいのね」
「いえいえ~。ニコラス様だって、毎日のようにリーザ様を褒めて愛を告げているではありませんか」
オリンドのその言葉を聞いて、リーザの顔が一瞬で真っ赤に染まる。それを見たオリンドは、ニコラスの言葉にある程度の効果があったことを実感した。ニコラスにリーザを逃がさないために本音を言わせているが、ここまで露骨に反応を示されると逆に面白くなってくる。ニコラスの態度も面白いので、愉快犯であるオリンドは大満足だった。
(ふむ、もう一押ししてもらいましょうかねぇ)
脳内でそう思うが、そろそろネタバラシをしてしまうのもいいではないだろうか。それに、ネタバラシをした方が効果がありそうだ。そう思って、オリンドは自分の前から立ち去ろうとしているリーザを呼び止める。怪訝そうな表情でオリンドを見つめてくるリーザに対して、オリンドは「ニコラス様についての面白いこと、教えますよ」と不敵に笑って告げた。きっと、リーザはこう言えば食いついてくるだろう。そんなオリンドの予想通り、リーザは「何?」と問いかけてくる。
「……いえ、実は……ニコラス様、今、リーザ様に本音しか言えないのですよ」
「……それって、どういうこと?」
「いえいえ、大したことではないのですけれどね。ニコラス様の飲み物にちょーっとした薬を混ぜておきまして。その結果、三ヶ月は『好きな人に対して本音しか告げられない』という面倒な状態なんですよね~」
リーザはオリンドのその言葉を、すぐに飲み込めなかった。しかし、ゆっくりとその言葉を脳内がかみ砕いていく。今、オリンドが言ったことを整理すれば「ニコラスの飲み物に緒とした薬を混ぜた」ということ、そして「好きな人に本音しか告げられない状態になっている」ということがわかる。つまり……つい最近のニコラスの異常なまでの愛の言葉は、完全な本音ということになるのではないだろうか。リーザは自分が好かれているとは思っていないが、態度が豹変した原因はそうとしか思えなくなる。
「い、いや、旦那様は私のことなんて好いていないはずで……」
「リーザ様は鈍いですねぇ。ニコラス様はリーザ様のことが好きで大好きで愛しているんです」
「で、でも、初めに契約結婚っておっしゃったわ……」
「あれ、一種の照れ隠しだって本人もおっしゃっていたではありませんか。あの人、素直になれないから」
やれやれ、といた効果音が付きそうなオリンドの表情を見て、リーザの顔がさらに真っ赤に染まる。素直になれないから契約結婚を持ち出す、という思考回路については全く共感できない。しかし、オリンドが主の一人であるリーザに嘘をつくとは到底思えないし、本人からも似たようなことを教えられている。だから、嘘ではないだろう。……理解できるかと問われれば、答えは別だが。
「一番になれないのならば、一時期でも側に居たい。そう言う感情で行動した結果が、その契約結婚ですよ。マジで。いや~、不器用な男ですよね~」
「不器用とか、そう言うレベルじゃあ……」
「あ、リーザ様もそう思います? 俺も常々そう思っているんですけれどね」
その後、オリンドはニコラスがいかに不器用を通り越した面倒な男なのかを、リーザに語ってくる。初めはあまりその話に興味がなかったリーザだが、オリンドの話し方が上手い所為なのか、徐々に引き込まれていく。その結果、話を聞けば聞くほどニコラスのことを可愛らしいと思ってしまった。いや、あれだけ大きな図体なのだから、見た目は全く可愛らしくないのだが。
「それにしても、ニコラス様は――」
「――オリンド!」
「げぇ、見つかった……!」
オリンドがまた別のエピソードをリーザに話そうとした時、オリンドの名前を誰かが呼ぶ。しかも、その声は完全に怒っている。そもそも、オリンドに対してこんなにも素直に怒りの感情をぶつけてくる人間は、このドローレンス伯爵家には一人しかいない。……先ほどから、話題の中心に上がっている不器用を通り越した男、ニコラスである。
「お前……本当に何を勝手に話しているんだ! これでリーザに嫌われたら、俺は、俺はっ!」
「大丈夫ですってば。そこまで酷いエピソードは話していませんから! 好感度は現状維持のままのはずです!」
「それでも余計なことは言うな! 俺のプライドに関わる!」
「ニコラス様の薄っぺらいプライドなんて、重要じゃないんですよねぇ。俺だって、こんなむさくるしい男のニコラス様と一緒に行動するぐらいならば、美しいリーザ様と一緒に居たいんですよ」
「……後で、仕事倍増だな」
ニコラスがそう言って、オリンドの首根っこを掴む。それを見てリーザは止めようとするが、オリンドは「お構いなく~」とのんきにしている。その態度を見るに、普段からそんな扱いを受けているようだ。
「……じゃあ、リーザ。またあとで――」
「あ、あのっ!」
オリンドを引っ張ってどこかに行こうとするニコラスを、リーザは呼び止めた。それに驚いて、ニコラスが目を見開けば、リーザは静かに「……この後、時間があるのならばお茶をしませんか?」と恐る恐るニコラスを誘ってくる。そのため、その誘いにニコラスは目を丸くすることしか出来なかった。
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