あ、あい、愛してるって……!


「あ、あ、愛しているって、ど、どういうことですか!?」


 そんなニコラスの言葉に対して、リーザはただそんな風に叫ぶことしか出来なかった。控えていた使用人たちは、ニコラスの行動により硬直してしまい、ただ目をぱちぱちと瞬かせるのが精一杯のようだ。ただ一人、ニコラスだけがじーっとリーザの真っ赤になった顔を見つめ続ける。それにいたたまれなくなり、リーザはそっと視線を逸らした。


「わ、私たちそんな、愛して愛されるような関係では……」

「……わかっている。だが、今からそんな関係になりたいと願うのは……贅沢なことだろうか? 欲張りだとはわかっているんだ。……だが、それでも、諦めたくない」


 リーザのことをまっすぐに見つめてくるニコラスの眼光の鋭さからか、リーザはめまいがした。ただふらりと、倒れかけてしまう。そんなリーザの身体をニコラスはしっかりと受け止めると、そのまま抱きしめてしまう。リーザはそれに対してさらに顔を真っ赤にしながら、硬直することしか出来なかった。


(だ、旦那様、やっぱりどこかおかしいわよ……!)


 そうだ。この間からニコラスの様子はおかしい。この間から、熱があるのではないだろうか。そう思うが、抱きしめられている腕の体温は平温に感じられる。だから、リーザはその可能性を排除した。だが、これが本音だとは到底信じられない。ニコラスはぶっきらぼうで、素っ気なくて。こんな風に熱烈に愛を告げてくるタイプの男性ではない。だから、これはある意味豹変なのだ。


「だ、旦那様……」

「リーザ、何度でも言う。……俺は、リーザが好きなんだ。ずっと、ずっと好きだったんだ」


 今度は肩を掴まれて、視線をしっかりと合わせられてそう告げられた。それに、リーザはまたしてもふらついた。さらに、リーザはこういう時どういう反応をすればいいかが分からない。使用人たちに助けを求めようにも、一名以外は固まっている。その一名――オリンドに声をかけようにも、彼とリーザはほとんど接点がないに等しいので、話しかけるにも話しかけられない。


「あ、あの、ですね……」

「……リーザは、このまま俺と結婚生活を続けるのは、嫌か?」


 少し首を傾げ、そんなことを言われるとリーザの心がズキズキと痛む。嫌か嫌じゃないかと問われれば……つい最近から、この結婚生活も悪くはないと思い始めている。ドローレンス伯爵邸の使用人たちと過ごすのは、とても楽しい。しかし、もしもこれから毎日のように愛を告げられてしまえば……自分は溶かされてしまうのではないだろうか? そう、思ってしまうのだ。でも、こんなニコラスを拒絶することは出来ない。


(大の男性を可愛らしいと思うのは絶対におかしいけれど……それでも、やっぱり旦那様は可愛らしいのよ……!)


 リーザは女の子らしく可愛らしいものに弱い。だがしかし、少々変な趣味嗜好の持ち主なのだ。そのため、大の男性が首を傾げた姿を可愛らしいと思ってしまう。それに、リーザは極度のお人好しだ。そもそも、お人好しでなければこのバカげた『契約結婚』を引き受けたりしないのだろうが。


「い、嫌ではない、です、けれ、ど……」


 ニコラスから視線を逸らしながら、そうとぎれとぎれに言うのがリーザの今の精一杯だった。今のニコラスを直視するのは、なんというか精神的に辛いものがある。そう思いながら、リーザはただ視線を逸らし「……ですが、えっと、その」などと言い訳じみた言葉を紡ぎ始めた。この生活は嫌では、ない。だが、当初決められた契約があるはずだ。その契約をそう簡単にひっくり返すわけにもいかないだろう。……たとえ、双方が同意していたとしても、リーザにはリーザなりのけじめがある。


「契約だったら、破棄してもいい。いや、むしろ破棄させてくれ。これからは……リーザと、本当の夫婦になりたいんだ」


 だが、縋るような視線でそう言われて、リーザはもうどうすればいいかが分からなかった。使用人たちは気が付けば硬直から立ち直っているようで、今ではニコラスとリーザに生温かい視線を向けてくる。それが今度は羞恥心を生み、リーザはどうすることも出来ないでその場で茫然としていた。


「と、とりあえず、ですね。お、落ち着いてくださいませ……!」


 リーザがそう言ってニコラスを落ち着けようとするも、ニコラスは「俺は落ち着いている」の一点張りだった。そのため、リーザは早々にニコラスを正気に戻すことを諦め、思考回路を必死に動かす。


「リーザ……」

「う、うぅ、わ、分かりました。少々、考える時間をくださいませ!」


 そして、リーザが導き出した答えは、これだった。とりあえず、時間稼ぎだけでもしたい。そう思い、リーザはそんなことを口走ったのだ。これで、ニコラスが納得してくれればいいのだが。そんなリーザの不安は杞憂に終わり、ニコラスは意外なことにすぐの「分かった」と納得してくれた。大方、すぐに断られることがなかっただけでも、可能性があると思っているのかもしれない。


(っていうか、こんなにも美形の旦那様と一生を添い遂げるとか……私いつか刺されるわよ!)


 しかし、リーザはそれと同時にそんなことも思っていた。ニコラスに憧れる貴族の令嬢は多い。なのに、その隣に立っているのが自分のような地味な女だなんて。……そう思って、リーザは命の危機を感じた。リーザは決して自らの容姿が整っているとは思っていない。自称・平々凡々な女だから、である。

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