何か悪いものでも食べましたか?


 ☆★☆


「え、えーっと……旦那様?」

「……リーザは、食事をしている姿も美しいな」

「あ、ありがとうございます……」


 その日の夕食時。いつものようにリーザとニコラスは二人で食堂にて食事を摂っていた。しかし、本日はいつもと明らかに違うところがある。それは……二人の会話の量だった。


 普段は最低限の会話しかしないニコラスとリーザだが、今日は何故か会話が多い。それは、間違いなくニコラスの薬の所為だった。それに合わせ、リーザがいろいろと尋ねたいことがあったのも関係していたのだろう。だが、リーザがことを尋ねようとするたびに、ニコラスがリーザを褒めてくる。そのため、なかなか会話が進まないのだ。


(……いや、絶対におかしいわよ。旦那様、やっぱり変なものでも食べたんじゃあ……!)


 リーザは脳内でそんなことを呟きながら、顔に笑みを張り付けていた。その笑みを見たニコラスは、「リーザはどんな表情をしていても美しいな」なんて言ってくるのだから、リーザの心臓が落ち着かない。ちょっとは自重してくれないだろうか? そう思うが、口には出せなかった。なんといっても……その言葉を紡いでいるニコラス自身が、少しばかり照れているようにも見えるからだ。その表情を、少しばかり「可愛らしい」とリーザは思ってしまった。


(……バカ)


 心の中で小さくそう呟いて、リーザはサラダを口に入れた。


 対するニコラスも、脳内はパニック状態だった。これで、良いのだろうか? そう思いながら口を開く。ニコラスの想い人は正真正銘リーザだけなので、リーザに対してのみ素直な言葉しか言えなくなる。それが、恥ずかしいもののオリンドと相談した結果、この薬にしばらくは身を委ねてみるということになったのだ。どうせ、ニコラスはリーザにべた惚れなのだ。余計なことを言うことはないだろう……とオリンドは判断していた。


(しかし、口が勝手に言葉を紡ぐとはいえ、褒めるというのは……なんだか、恥ずかしいな)


 そう思いながら、ニコラスは少しだけリーザから視線を逸らした。それにしても、全く食事に集中できない。それはきっと、今日のリーザの口数が多いこと。さらには……その真っ赤な顔がとても可愛らしいと思ってしまっているからだろう。いつもはまだリーザよりも食事に意識が行っているというのに、今日はリーザにばかり意識が行ってしまう。


「……あの、旦那様」


 そんなことをニコラスが考えていた時、リーザがニコラスにまた声をかけてくれた。リーザは、何かを言いたがっている。それは、ニコラスにもわかっていた。でも、口を開けば褒め言葉しか出てこない。その所為で、会話が全く進まないのだ。もうこうなったら、と思いニコラスはただ静かに首を縦に振るだけにとどめた。


「あの、旦那様は――何かおかしなものでも食べられたのでしょうか? それとも、体調がおかしいのでしょうか? 本日の旦那様は……その、おかしいですよ」

「リーザ。何を言っているんだ? 俺は普通だ。……ただ、いつも思っていることを口にしているだけだ」

「っつ!」


 ニコラスのその言葉に、リーザは露骨に驚いてしまう。今、ニコラスは爆弾発言を落とした。それは――……。


(い、いつも思っていたって、どういうことなの!?)


 その言葉だった。そんなことを思い、リーザの脳内が混乱する。いったい、ニコラスは何を言っているのだろうか? そんな気持ちを込めてリーザはニコラスを見つめる。その際に、ニコラスが軽く微笑んでくれたため、慌てて視線を逸らした。ニコラスはとても顔が良いのだ。ずっと見ていたら……間違いなく、照れてしまう。


「リーザ。真っ赤になっているリーザも、可愛らしいな。……俺はいつも思っていたんだ。リーザが綺麗だと。リーザが……とても可愛らしいと」


 なのに、リーザの気持ちなど全く知らないニコラスはそんなことを続けてくる。だからこそ、リーザは俯くことしか出来なかった。もう、食事も喉が通らない。その言葉だけで、お腹いっぱいだ。そう思いながらも、リーザは今まで言われた言葉を振り払おうとする。しかし、振り払おうとすればするほど、思い浮かんでくるのだ。褒め言葉が、憎い。そうとさえ、思ってしまった。


「だ、旦那様! 私たちは――」

「――リーザ」


 リーザが意を決して発した言葉を、ニコラスが遮ってくる。そして、ただまっすぐにリーザを見つめてきた。その視線がリーザを射抜き、居心地を微妙なものに変えていく。


「俺は……今まで、リーザに対して素直になれなかった。だから、あんな素っ気ない態度を取ってしまっていたんだ。それは、謝罪する。だが……ずっと、リーザとはいい関係を築きたいと思っていた。それだけは、分かってくれ」

「……旦那様」


 ニコラスのその言葉に、リーザの心が少しだけきゅんと高鳴った。だが、リーザはそれを必死に振り払う。


(きゅんなんてしている場合じゃないわよ! だって……これは所詮期限付きの契約結婚。今更その契約が覆るわけじゃないし、私は旦那様と『お金』目当てで結婚したのよ!)


 リーザは自分自身にそう言い聞かせ、必死に言葉を飲み込む。ニコラスの言葉に、なんと返したらいいかが全く分からない。だからこそ、言葉を飲み込んだのだ。何も、言いたくなかったという気持ちも、少なからずある。

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