従者、説得する
それから数分後。ようやくオリンドの笑い声が収まったころに、ニコラスはオリンドに詰め寄っていた。それを予想していたオリンドは、「まぁまぁ勘弁してくださいよ~」などと言っている。その態度が、余計にニコラスをイラつかせていた。
「……お前、絶対に何かしただろう?」
しかし、ここで冷静さを見失うわけにはいかない。そう強く自分に言い聞かせたニコラスは、オリンドに冷静を装ってそう問いかけた。すると、オリンドは少し困ったような表情を浮かべながら、「まぁ、いろいろとやりましたかねぇ」なんて言う。そのはっきりとしない言葉に、ニコラスは頭を抱えてしまいそうになっていた。……しかも、まさか自分が褒め言葉を吐くなんて。今更ながらに、そうとも思ってしまったのだ。
「まぁまぁ、ニコラス様。俺は確かに『想い人に素直な言葉しか吐けなくなる薬』を先ほどニコラス様の飲み物に混ぜましたよ? けど、むしろ感謝してほしいですね」
「……感謝、だと?」
「えぇ、だってあのままだとニコラス様はリーザ様に愛想を尽かされて、離縁まっしぐらだったじゃないですか。……褒め言葉の一つも吐けない男が、好かれるなんて思わないことですね。たとえ、その顔でも」
そんなオリンドの言葉に、ニコラスは黙ってしまう。確かに、オリンドの言っていることは一理ある。甘い言葉や褒め言葉一つ吐けない男を好くような女性は明らかに少数派だろう。それに、ニコラスにとって良いところの一つである顔さえも、今のところにリーザには通用していない。だからこそ、リーザと離縁しないためには、褒め言葉などを吐く必要があったのだ。それは、ニコラスも分かっていた。
「だが……いきなりすぎるだろう! あれでは驚かれたに決まっている!」
「そりゃそうですよ~。今まで素っ気ない態度ばかり取ってきた男が、いきなり褒めるんですからね。……不気味って思われても、仕方がないですよ。でも、それは今までのニコラス様の態度が原因ですからね? 人の所為にしないでくださいね?」
「ぐっ……」
ニコラスのそんな悔しそうな表情に、オリンドは何とか怒られることを回避したと安心した。まぁ、元より怒られても仕方がないとは思っていた。しかし、誰かが犠牲にならないことにはこの夫婦の関係は悪化するばかりだ。オリンドはリーザのことを主として好いている。だから……逃がすわけにはいかなかったのだ。
「ま、素直な言葉しか吐けなくなるんですから、これで毎日リーザ様に好意を伝えられますね! これ、三ヶ月は効力が切れませんから」
「……三ヶ月も、このままなのか?」
「はい」
オリンドの悪びれた風もないそんな言葉に、ニコラスは本気で頭を抱えてしまった。こうなったら、三ヶ月リーザから逃げるという選択肢しかとるしかない……とも思ったのだが。
(リーザと三ヶ月も話せないなど、耐えられるわけがない)
元より、リーザにべた惚れなニコラスなのだ。せっかく結婚できたというのに、三ヶ月も話せないなど耐えられるわけがない。それは、本人にもわかっていた。だったらもう……覚悟を決めるしかない。
「ニコラス様~。覚悟を決めてください。この三ヶ月、正直な気持ちしか言えないんですよ? どうせだったら、利用しちゃいましょうよ」
「……利用、だと?」
「はい、利用します」
それだけを言うと、オリンドはニコラスを説得することにした。この主は結構な頑固者だ。しかし、根は素直である。熱弁をすれば、大体納得してくれる。まぁ、それはオリンドが信頼されているからなのだろうが。
「ニコラス様の今までの素っ気ない態度は、好意の裏返しでしょう? だったら、本音を聞かれてもまずいことはありませんよね?」
「……リーザが戸惑うし、何よりも俺が恥ずかしい」
「そんな羞恥心捨ててください。リーザ様だって乙女ですよ? 甘い言葉には弱いはずです!」
オリンドのそんな熱弁を、ニコラスはいつの間にか真面目に聞いていた。ニコラスだって、分かっていた。このままではダメだと。もしかしたら、心の奥底ではきっかけをくれたオリンドに感謝しているのかもしれない。……絶対に、口に出したりはしないが。
「良いですか。これがラストチャンスだと思ってください。リーザ様に愛想を尽かされないために。むしろ、好かれるために努力をしてください。……使用人一同、リーザ様には好意を抱いております」
「……そうなのか?」
「えぇ、そうでございます。……あれほどよくできたお方は、なかなかおりませんよ」
貴族のご令嬢と言えば、贅沢三昧でわがままな人間が多い。しかし、リーザは違う。リーザは質素倹約をモットーとし、わがままはあまり言わない。言ったとしても、それは他者の為であり、決してリーザ自身の為ではない。そんな女性に……誰が嫌悪感を持つというのだろうか。そう、オリンドたち使用人は思っていた。
「ですから、ニコラス様にはリーザ様を口説き落としていただいて、仲睦まじい夫婦になっていただかないといけないのです! 分かりましたね!?」
「……あ、あぁ」
オリンドの勢いに押され、思わず返事をしてしまうニコラス。こうして、男二人でこれからどうするかの作戦会議が開かれるのだった――……。
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