ナビゲート装置

@saruno

ナビゲート装置

 ケイ氏は、経済雑誌の編集記者として各地を回っている。ある日編集長から取材に行ってこいと命じられ、小さな地図を渡された。


 向かってみると、そこは雑居ビルの小さな一室だった。表札もないとは実に胡散臭いところだ。


「ようこそ我が社へ、私が社長でございます。」


「えっと…ここが地図の場所でいいのかな。」


「あ、取材の方ですね。お話は既に。ではこちらへ…」


 応接室のような部屋で少し待っていると、社長は緑のランプが光る小さな腕輪を持ってきた。


「これが我が社の誇る最新型の人生ナビゲート装置です」


「人生ナビゲート装置?」


「よく『人の数だけ生き方がある』という話を聞きますが、私はそう思いません。自分はオリジナリティのある人生を歩んでいるつもりでも、結局は誰かの人生と同じ真似事をしているだけのことが多いと感じているのです。よく人生観を歌った音楽があるでしょう」


「ありますね。卒業ソングとか」


「そう、まさにその卒業ソング。不思議だとは思いませんか、誰に頼まれたわけでもないのに、皆同じイベントで行動をし、同じ喧嘩をし、同じ友情を語っているのです」


「ふむ、確かに修学旅行の枕投げなどは定番だった」


「でも作詞家は皆さんの人生を観察して歌詞を書いたわけではありません。みな行動が同じだから成立しているんですよ」


「少し乱暴な気もしますが、概ね言われてみればそんな気もします」


「そこで、ある程度のモニターを募り、その人の人生をデータ化することで、人生に『道筋』を作ることができるんじゃないかと思って作ったのがこの人生ナビゲート装置というわけです」


 折角ですからご覧になっていってくださいと、最初に通された部屋のドアには「問診室」と書かれていた。


「ここでお客様の基本データを収集します。事前に回答頂いたアンケート用紙を元に、専門のカウンセラーがどんな人生を歩みたいのか、また今までの人生にどんな不満があったのかを見極めます」


ガラスの向こう側では客と思われる女性が問診を受けていた。特殊なガラスで向こうから見えないらしい。


「例えば最も多いケースだと、中年になるまでずるずると引きこもってしまった男性が、社会復帰を目指されている場合です。そのような方には就職に至るまでの『努力』が不足しておりますから、まずはコツコツと「努力が実る人生プラン」を用意します」


「職場を斡旋するわけではないんですね」


「今まで仕事をしていなかった人に突然職場を斡旋してもすぐに辞めてしまうのが関の山です。それよりも、どんな小さなことでもいいから、自分が社会に必要とされていると感じていただくのです。実際にこれで20人ほど就職活動に成功したという報告を頂いております」


「すごいですね」


「ただ、あくまで一般化された人生プランに沿わせるので、逆転人生のようなものはまず見込めません。就職されたお客様も大半は単純作業等に従事されていますね」


「結婚を希望されているお客様には、オプションで『結婚スピードコース』も勧めています。モデル女優やイケメン歌手のような高嶺の花と結婚出来るわけではありませんが、お客様の水準に見合ったそこそこの異性との結婚がお約束されます」


社長がとんでもないことを言い出した。


「本当にそんなことが可能なのですか?」


「先ほども申し上げましたが、人間の行動など所詮は型にはまっておりますから、お客様の性格から少しでも好意を持ちそうな相手をこちらで判別し、同じオプションに加入いただいている異性の方が近くを通りかかると声をかけるように設定してあります」


「強制的にお見合いさせるわけではないんですね」


「そう!そこが重要なのです。強制させても結局は上手くいかないものです。あくまでナビゲートに徹する。それが大事なんです」



「ところで、世の中にはいわゆる『勝ち組』という層がいることはご存知でしょうか」


「ええ、そのような方はこの商品は不要なのでは?」


「それが逆なんですよ。誰もが羨むような人生プランで生活をしておりながらも、それを不満に感じている方もいるんです。金持ちには金持ちなりの苦労というわけですね、そのようなお客様には、商品とは別にカタを取らせていただく代わりに料金を割引しています。お客様は割引で得をし、我が社は新たな型を手に入れることでより一層のサービス向上を図ることが出来るわけです」


「ローマの休日というわけですか。しかし、このような大胆な発想、よく考えつきましたね」


「それはまぁ…型にはまらない人間というのは、みな偉大な発明をすると相場が決まっておりますから」


そう笑いかけた社長の腕にも、見覚えのあるセンサーが光っていた。

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