6-04 脅威の暗黒昆虫

 オレたちはタクシーに乗り込み、発信器の反応している場所まで行ってみた。着いたのは、「虫採り全国大会」の会場である「ふれあい昆虫パーク」の駐車場。見たことのある黒い車を発見して、オサム先輩が車の裏でゴキブリ型ロボットGグレイトを回収した。Gグレイトはアゲハではなく、車にくっついていたらしい。車の中を見てみたが、だれも乗ってはいなかった。


「おそらくアゲハ君は、この『ふれあい昆虫パーク』のどこかにいるみたいだね」

「手分けして探したほうが良さそうだね~」

「行くっすよ、二人とも。アゲハを早く見つけねぇと!」


 もうとっくに閉館時間が過ぎていて、鎖が掛けられている入り口をまたぐ。昼間とは違って、夜の施設は明かりもなく闇に包まれている。ここは西側のゲートだから、「チョウの楽園」と評される原っぱが広がっているはずだ。


「そこまでだ」


 これから手分けして行こうか、そう思っていた矢先、声が聞こえた。まさか、施設の職員に無断侵入がバレたかと焦ったが、現れたのは、虫採り網を持った四人組。


「ここから先へ行かせるわけにはいかない」

「通りたかったら、俺たちを倒していきな!」

「わたしたち、GENEジーンに勝てればだけれどねー」

「すべては、ゲノム様のために……」


 白衣を着て虫採り網を掲げる四人には見覚えがあり、オレたちはそれぞれ身構えた。「虫採り全国大会」で予選一位通過したチームGENEだ。まさか、ゲノム教授と関係があったのか。


「通さないってことは、この奥で見られたくないことがおこなわれてるってことだよね~? ますます怪しくなってきたよ~」


 オサム先輩がにたりと口を曲げて言う。

 その横でタテハ先輩が、虫採り網を構えながら口を開いた。


「僕らはアゲハ君に会いに行く。それを阻むものがあるのなら、なんだろうと乗り越えていくよ」


 落ち着いているが力強い言葉に、オレはうなずき、前を見据える。

 暗闇に包まれた広場で、人知れず、戦いが始まろうとしていた。



   *   *   *



 あたしは顔面に突っ込んできた暗黒昆虫をかわして、虫採り網を構えた。飛び回る暗黒昆虫たちを目で追いながら、剣をさやにしまうように、虫採り網を脇腹にすえる。


「必採技、居合いの舞!」


 暗黒昆虫を迎え撃ち、叫ぶと同時に網を振り払った。くるりと返した網の中には、翅をばたつかせるカブトムシの姿をした暗黒昆虫が入っていた。

 あたしは肩の力を抜き、ゲノム教授に顔を向ける。


「どうですか! この調子で残り二匹も、全部採ってやるんだから!」

「さすがテントウの娘だ。だが……」


 ゲノム教授はうっすらと笑みを浮かべ、網に入った暗黒昆虫へ手を向ける。


「私の創り出した暗黒昆虫の素晴らしさを、貴様はまだ知らない」


 次の瞬間、網に入った暗黒昆虫が激しく羽ばたきを始めた。そして。


「うそっ!?」


 絹の網を破り、外へ飛び出す。そのままあたしの頭上を何度か旋回したと思ったら、目にも留まらない速さでこっちに向かって突っ込んできた。


「きゃぁあああっ!?」


 カブトムシの姿をした暗黒昆虫が、あたしのお腹にタックルを決める。想像以上の衝撃で、身体が吹っ飛ばされ、背後の木に背中を打ちつけた。


「うっ……」


 痛みに顔をしかめ、片手でお腹を押さえながら地べたに座り込む。もう片方の手で握っている虫採り網の先を見れば、破れて穴が空いてしまっていた。

 前を向くと、三匹の暗黒昆虫が翅を羽ばたかせて、こちらにねらいを定めている。


「わかったかね? そんなちっぽけな網で、私の暗黒昆虫を採ることなどできはしない」


 暗黒昆虫たちの後ろでゲノム教授が、笑みを浮かべながら言葉を吐く。

 あたしは痛みを堪え、虫採り網をつえ代わりにしてよろよろと立ち上がった。


「ちっぽけなんかじゃない……。これは、お父さんからもらった大切な網なんだから!」


 網を腰の横に据えて、足を強く蹴る。空を飛ぶ暗黒昆虫に向かって、がむしゃらに網を振るった。


「無駄だ」


 けれども暗黒昆虫たちは、網の軌道を読んでいるかのように、ひらりと身をかわす。それぞれが距離をとって、あたしの周りを取り囲んだ。

 前方にいるオオムラサキの姿をした暗黒昆虫が、大きな翅を勢いよく羽ばたかせる。


「きゃっ!?」


 虫が起こしたとは思えないほどの風が、あたしの身体に打ちつける。あっという間に、着ている服のところどころが、まるでカッターで切ったように裂けた。


「暗黒オオムラサキの特殊な形をした翅は、羽ばたくだけで強大な風を生みだし、かまいたちを引き起こす」


 さらに後ろから羽音が聞こえた。振り向く暇もなく、顔の横をなにかが通り過ぎる。気づいた時には横髪がはらはらと地面に落ちて、ツゥーッとほほから紅色のしずくがしたたり落ちた。


「暗黒オオクワガタのアゴはまるで刃物のように鋭く、触れたものを切り刻む」


 そして横から、別の羽音が聞こえた。振り向いた直後、見えたのは、ものすごいスピードで直進してくるカブトムシの姿をした暗黒昆虫だった。次の瞬間、再びお腹に激痛が走る。角がみぞおちをえぐり、衝撃であたしは後方に吹っ飛ばされた。


「暗黒カブトムシは驚異的なパワーを持ち、あらゆるものをねじ伏せる」


 勢いが止まらず、身体は地面にぶつかって、二、三度転がって、ようやく止まった。


「うぅ……」


 全身が、痛い……。倒れたまま、両腕でお腹を抱えてうずくまる。……って、あれ? 右手に持っていた虫採り網がない。顔を上げると、網は地面の上に転がっていた。吹っ飛ばされた時に、落としてしまったんだ。


「よくやった。私の暗黒昆虫たちよ」


 ゲノム教授が足を進め、虫採り網の前までやってくる。おもむろにあたしの網を拾い上げた。


「それは……、あたしの……っ」


 あたしは起き上がろうとしたけど、痛みで身体が言うことを聞かない。

 ゲノム教授は穴の空いたあたしの虫採り網を眺めて、口角を上げる。腕を伸ばし、網を垂直に高々と上げた。


「暗黒オオクワガタ」


 言った瞬間、一匹の暗黒昆虫が飛んできて、網と柄のつなぎ目部分を通り過ぎる。スパッとなにかが切れる音がして、まるで首が切れたように、丸い網の部分が落ちて地面に転がった。


「そんな……」


 あたしの……、お父さんからもらった、大切な虫採り網が……。

 竹の棒だけになってしまった虫採り網の柄を、ゲノム教授は傾ける。すると、切り口から、なにかがポロッとゲノム教授のてのひらに落ちた。


「ついに、ついに見つけたぞ! 私のデータだ!」


 ゲノム教授は虫採り網の柄を投げ捨て、小さくて四角いチップを頭上に掲げた。


 ――えっ……?


 あたしはぼう然となって、なにも声が出ずに、その光景を見つめていた。

 なんで、あたしの虫採り網からデータが出てくるの? あれは、あたしがお父さんからもらった虫採り網。大切にするんだぞって言われて託された、お父さんの、網……。


「どうやら、なにも知らされていなかったようだな」


 声が聞こえ、はっと我に返る。

 ゲノム教授がチップを手に、満足げな笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。


「テントウもバカなやつだ。私を裏切らなければ、故郷を滅ぼすことも、娘を危険にさらすこともなかったというのに」

「どういう……こと……?」


 あたしは痛みに顔をしかめながら、半身を起こした。


「冥土の土産に教えてやろう。私とテントウの間で、なにがあったのかを」


 そう言って、ゲノム教授は話し出した。

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