5-02 祝いの夜
「虫採り全国大会」の一日目が終わり、あたしたちはタテハ先輩の提案で、オサム先輩の家におじゃますることになった。
「うわぁー! おしゃれな家ーっ!」
バスに乗ってやってきた場所は、郊外から少し離れた山のふもと。坂道を登っていくと、林の中におしゃれなログハウスが二つも建っていた。家の隅には薪木が積み上げられていて、心地よい音とともに小川も流れている。
「ここがオサム君の家だよ。前にあるのが
「へぇー、なんか、別荘みたいで素敵ですね」
「そうだね。荷物はこっちにおけばいいよ。準備は、できているみたいだね」
家の手前に開けた場所があり、丸太を切って作ったイスが四つ置かれている。真ん中にはバーベキューコンロがあって、中に炭が入れられている。そしてその隣にはテーブルがあって、お肉と野菜の入ったトレーやジュースの入ったクーラーボックスが置かれていた。
そう、今日ここにあたしたちが来たのは、決勝進出のお祝いを兼ねたバーベキュー夕食会をするためなのだ!
「……って、まるで自分の家みたいにタテハ先輩が仕切ってるけど、いいんすか?」
「ま~ぁっ、タテぴー、よくうちに遊びに来るから、もう自分の家みたいな認識になってるんだよね~」
後ろにいたカーくんが小声でなにかを言って、オサム先輩が肩をすくめる。
タテハ先輩が一番奥のイスに腰を下ろし、あたしはその斜め隣のイスに座った。オサム先輩があたしの反対側のイスに背負っていたリュックを降ろして、カーくんがあたしの斜め隣のイスにやってくる。
オサム先輩がスマホを軽く操作してから、顔を上げた。
「食材とかは、ママが準備してくれたんだって~。遠慮しなくていいから、食べちゃってだって~」
「ありがとう、オサム君。ご両親にもあいさつにいかないとね」
「パパとママは準備した後に出掛けて、明日まで帰ってこないんだって~。あとはよろしく~って言ってるから、さっそく始めちゃおっか~」
そう言って、オサム先輩はテーブルに置かれたライターを手に取り、火を点ける。着火剤に火を移して、いよいよバーベキューの始まりだよ!
「まずは、乾杯だよね~。みんな、グラスは持った~?」
「はーい! カーくん、あたし、オレンジジュース」
「僕はウーロン茶で」
「ボクはミルクティーがいいな~」
「はいはーい。……って、なんでオレが注ぐ役なんすか!?」
なんてツッコミを入れながら、カーくんが注いでくれた飲み物を片手に、あたしたちはグラスを掲げた。
タテハ先輩が周りを見回しながら口を開く。
「みんな、今日はありがとう。決勝に進出できたのは、みんなのおかげだよ。今夜はバーベキューを楽しんでほしい。それじゃあ、乾杯」
「「「かんぱーい!」」」
カランッと小気味の良い音が鳴って、あたしたちはそれぞれ飲み物を飲む。
それからは、オサム先輩が手際よくお肉や野菜を網に並べてくれた。ジュージューと良い音がしてきて、お腹の虫がガマンできずにグゥーッと鳴りだす。
「ていうか、明日は決勝なのに、こんなのんびりしてていいんすか? 明日の戦略を考えたり、相手チームの研究をしたりしたほうがいいと思うんすけど」
「オサム先輩、このタマネギ、すっごく大きいですね!」
「普通のものと比べて、一.五倍はあるね」
「でしょ~? これはママが発明した特殊な肥料を使って育てたタマネギなんだ~」
「特に、明日の相手は、予選一位通過した手強い相手っすよ。予選で採った虫が百種越えしてて、使う必採技もすごくて――」
「うう~ん! オサム先輩! お肉につけたこのタレ、すっごくおいしいです!」
「本当だ。濃厚なうまみがあるのに後味がさっぱりしているね」
「でしょ~? これはパパが発明した特製のタレなんだ~」
「……って、だれかオレの話聞けよ!」
なんて四人でにぎやかに話をしながら、おいしい料理に舌つづみを打った。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気がつくと、トレーにあった食材はすっかりなくなっていた。
「はぁー、おいしかったー! もうお腹いっぱい!」
「結局、なんの作戦会議もしなかったな……。まぁ、うまかったからいいけど……」
あたしはお腹をさすりながら満腹感に浸る。斜め隣でカーくんも、満足そうにサイダーの入ったグラスを口に傾けていた。
と、その時、目の前を小さな光の粒が通り過ぎていった。淡い黄色の光を灯したり消したりしながら、それはゆっくりと小川のほうに飛んでいく。あれって……。
「ホタルだ!」
あたしは立ち上がり、小川へと走っていった。どうして今まで気がつかなかったんだろう。小川には数匹のホタルが舞い、光を点滅させていた。
「近くにホタルの発生場所があってね~。毎年ここまで飛んでくるんだよ~」
もう見慣れている光景なのか、別段気にもとめずにオサム先輩が後ろから言った。
右隣にカーくんがやってきて、そっと手を伸ばして飛び回るホタルを採る。
「これはゲンジボタルだな」
「カーくん、わかるの?」
「あぁ。ホタルは光り方を見れば、ゲンジボタルかヘイケボタルかだいたいわかる。ゲンジはゆっくりと点滅するのに対して、ヘイケは点滅の間隔が短い。地域によって差があるみたいだけど、これはゲンジの光り方だな」
カーくんが手を開くと、手のひらにいたゲンジボタルは光りながら飛び立っていった。
「きれい……」
ホタルなんて、村にいた時に見たきりだった。幻想的な光景を前にして、あたしは思わず言葉が漏れて、うっとりと眺める。
「そ、そうだな……」
隣でカーくんが、ちらっとこちらを見てからまた視線を前に戻した。
「こんな光景、いっしょに見られて良かった……」
「えっ?」
あたしは胸の前で手を握り、思ったことを口にした。
カーくんがなぜか慌てたように肩をあげ、キョロキョロと辺りを見回す。
もっと近くでいっしょに見たい。もっとそばに来てほしい。そう願いを込めて、あたしは後ろに振り返る。
「タテハ先輩も、こっちに来ていっしょに……」
けれども、さっきまでイスに座っていた先輩の姿は、どこにもない。
「あ、あれ!? 先輩は? タテハせんぱーい!」
せっかく良いシチュエーションだったのに。あたしは声を上げてタテハ先輩を呼ぶ。返事はない。ホタルそっちのけで、姿が見えなくなった先輩を探し回る。
「……って、オレじゃダメなのかよ」
「残念だったね~。カブトん~」
残されたカーくんが肩を落としてなにかをつぶやき、隣に寄ってきたオサム先輩が笑みを浮かべながらそっとその肩に手を当てる。
そんな光景をあたしは見ることもなく、タテハ先輩を探し続けたのだった。
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