第五話 祝いの夜に

5-01 準決勝

『さぁ! 「虫採り全国大会」、予選を勝ち抜いたのは四チーム。ここからは一対一のトーナメント戦だ! 準決勝も白熱したバトルが繰り広げられてるぞおーーーーっ!』


 司会者の元気な声を耳に入れながら、あたしは意識を研ぎ澄ましていた。

 目の前にはきれいな小川が流れている。その上流をにらみつけるように見つめながら、虫採り網を腰にすえてじっと身を屈めていた。


「アゲハ、焦るなよ。もう少しでやってくるから。オレが振れって言ったら振るんだ」


 背後ではカーくんが、目を閉じて必採技ひっとりわざを発動させながら注意を払っている。

 あたしはカーくんの言葉を信じて、はやる気持ちを抑え、呼吸を整える。

 見つめる視界の先に、黒い点が見えた。こっちへ近づいてくる。


「まだだ……五、四、三、二、一、――振れ!」


 カーくんの指示どおり、あたしは網を横一線に振り払った。

 けれども、飛んできたそれは、直前で上昇し、網をかわす。

 カーくんが「おしいっ」と言葉を漏らした。でもあたしはあきらめていない!


「まだだよ! 必採技、アッパーキャッチ!」


 すばやく手のひらを返し、網を下から上へ振り上げた。

 直後、力強くはねを動かす振動が、竹の柄から指に伝わってくる。折りたたんだ網の中で、黒と黄色のしま模様をした細長い胴体を持つ虫が、透明な翅をばたつかせていた。


「やったー! 二匹目のオニヤンマ、ゲットーっ!」


 込み上がるうれしさのまま、折りたたんだ網を突き上げて、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 後ろからカーくんがねぎらいの言葉を掛けてくれる、と思ったら、すでに別の場所へと注意を向けていた。


「タテハ先輩、今、そっちにすごいスピードで向かってるっす!」


 振り返ると、小川の下流にあるため池の縁に、タテハ先輩が立っていた。水際ギリギリまで近づきながら、両手で網を持ち、姿勢を低くしている。ため池には何匹かのトンボが飛び回っているけど、その中の一等大きく素早い虫にねらいを定めていた。

 トンボはため池の真ん中で旋回して、ものすごいスピードでタテハ先輩の目の前を通り過ぎようとする。その瞬間。


「必採技、刹那せつな!」


 叫ぶと同時に、目にも留まらない速さで網が振るわれた。水面が風を受けて波打つ。

 網の中で、腹の付け根が水色に色づいたトンボが、翅をばたつかせていた。


「すげぇ……。時速百キロにもなるギンヤンマを、一瞬で捕まえた……!」


 カーくんが独り言のように言葉を漏らす。タテハ先輩は網の中からギンヤンマの翅をつかんで取り出して、こちらを見て笑顔を浮かべた。


『おぉーっと、ここで試合終了だーっ! 第二回戦、ヤンマ三匹採り勝負は、虫研チームがオニヤンマ二匹とギンヤンマ一匹を先に採って、勝利のこまを進めたぞおーーーーっ!』

 

 ここで試合のゴングが鳴り、司会者が叫んだ。

 わたしは「やったー!」と拳を空に突き上げる。カーくんもわたしに向けて親指を立てて、タテハ先輩はうれしそうにほほえんだ。


「負けたーっ!」


 喜びに浸っている中、叫び声が聞こえた。隣の小川にいた人物がひざを折って、両手を頭に置いている。赤いスカーフを巻いてバッタのおめんを顔につけたおじさん。あたしたちと対戦していたチーム「お面ライダー」のリーダーだ。


「俺の作戦は完ぺきだったはずなのに! おかしいなー! なんで俺たちのいる川にだけ、オニヤンマが飛んでこないんだー!?」


 叫びながら、地面を何度も拳でたたくお面ライダー。

 そのかたわらに、一人の影が現れた。


「フッフッフ、残念だったね、おじさん~?」


 そう言って、ニヤリと笑うオサム先輩の手には、小型の扇風機が握られていた。


「そ、それは……!?」


 それを見たお面ライダーは、電撃が走ったように固まって動かなくなる。


「カーくん、どういうこと?」

「オニヤンマのオスは、扇風機の回る羽根をメスの羽ばたきと勘違いして寄ってくることがあるんだ。だからオサム先輩は、川の両側に小型の扇風機を置いて、オニヤンマの進行を足止めしていたんだろうな」


 カーくんの解説を聞いて、なんとなく納得する。ようはオサム先輩が、敵チームの妨害をしてくれていたみたいだ。

 すると、ひざを着いてうなだれていたお面ライダーの前に、別の人物が歩み寄っていった。


「良い勝負でした」


 そう言って手を差し伸べたのは、我らが虫研のリーダー、タテハ先輩。

 お面ライダーが驚いたように、顔をあげる。


「そちらの必採技“ウルトラギャラクシーキック”は、壮大で興味深い技でした。またいつか、勝負しましょう」


 満足げなほほえみを浮かべながら、タテハ先輩が言う。

 お面ライダーの顔はお面で見えないけれども、ふっと笑ったように見えた。


「良いチームだな……」


 立ち上がり、ぽつりとなにかをつぶやく。お面をつけた顔が、一瞬あたしに向いた気がした。


「こちらこそ、素晴らしい勝負をありがとう。次は必ず俺たちが勝ってみせるからな」

「ええ。楽しみにしています」


 そう言い合って、リーダー同士が固い握手を交わす。


『熱戦を繰り広げた両チームに、拍手をーーーーっ!』


 司会者の言葉とともに、場内から惜しみない拍手が沸き起こる。わたしも、カーくんも、オサム先輩も、ともに虫採りで競い合った健闘をたたえて、手を鳴らし続けた。


 こうして、本日の「虫採り全国大会」は終了したのだった。

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