4-08 結果発表

 その後、オレたちは、南、東、北をぐるりと回って、虫を採りまくった。

 今は北の雑木林で、虫を探している。終了時間が刻一刻と迫っていた。


「タテハ先輩、あと何分っすか?」

「残り一分だよ」


 オレはまだ近くに採っていない虫がいないかと、辺りを見回す。

 そばでは、アゲハが地べたに座り込み、滴る汗を手でぬぐっていた。


「カーくん、疲れたよー。こんなに虫採ったの初めて……」


 最初の頃は元気に走り回っていたくせに、今はぐったりと座り込んでいる。


「オレだって疲れてるんだからな。あっ、アゲハの周り、ヒトスジシマカが飛んでるぜ!」

「えっ? カ!? そっか、カも虫だったね!」


 そう言って立ち上がり、カを採るために網を振り回すアゲハ。疲れていると言いながら、やっぱり虫を採る元気はまだあるみたいだ。


「みんな~、お疲れ~」


 と、雑木林の間から、オサム先輩が歩いてやってきた。予選が始まった時に仕掛けたワナを回収しに行ってきたのだ。

 こちらに歩み寄ってきたオサム先輩を見て、タテハ先輩が心配そうに尋ねる。


「オサム君。ワナのほうは、やっぱり上手くいかなかったかい?」

「フッフッフ、ボクをだれだと思ってるの~? じゃ~んっ!」


 オサム先輩は肩を揺らしながら、背中に回していた両手を前へ持ってきた。その手にはバナナトラップが握られているのだが、ネットが見えなくなるぐらい虫がくっついていた。

 カナブンやカブトムシ、コクワガタやノコギリクワガタ、ヒラタクワガタまでいる。


「せ、先輩!? なんすか、それ!?」

「ボクが発明した特殊な誘引物質をつけておいたんだよ~。他のトラップに来た虫も、登録は済ませておいたよ~」


 そう言って、オサム先輩は満足げにほくそ笑む。

 その時、スマホから音楽が流れ出した。取り出して見てみると、中間発表をした時のように、司会者とその後ろで二重らせんポーズをとるゲノム教授が映っていた。


「みんな、お疲れえーーーー! 予選の終了時間が来たよおーーーー!! 今から結果をそれぞれのチームに送るから、注目しててねえーーーー!!」


 司会者が言い終わると同時に、画面が黒くなる。今、集計をしているところなのだろう。一時、場が静寂に包まれた。

 オレはスマホを見ながら、固唾を飲んで待っていた。アゲハは自分のスマホを見るのが面倒くさいのか、隣からオレの手もとを覗き込んでいる。タテハ先輩とオサム先輩も、それぞれスマホを見て、静かに結果が来るのを見守っている。

 そして、その時が、来た!


 虫研……89種 第4位


 突然画面に映し出されたのは、それだけの文字。

 けれどもそれを見た瞬間、オレの身体が熱くなっていくのを感じた。

 第四位……。四位以内で予選突破ができる……。って、ことは。ってことは……!


「「ぃやったぁぁああああああああーーーー!!」」


 オレとアゲハは同時に飛び跳ね、顔を見合わせた。両手をあげ、お互いにハイタッチ。


「やったな、アゲハ!」

「うん! カーくんのおかげだよ!」


 パチンと鳴らした両手を、アゲハはわしっとつかまえた。その場で飛び跳ねながら、つかんだままの両手を上下に振り回す。相変わらず強引で、手が痛い。けど、アゲハのとびきりの笑顔を見ていると、今は怒らないでおこうと思う。オレだって、本当はそこら中を走りたい気分なんだから。


「やったね、アゲハ君、カブト君、オサム君。みんなのおかげだよ」

「ま~ぁっ、ギリギリ突破って感じだね~」


 タテハ先輩はうれしそうにほほえみながら拍手を送ってくれる。オサム先輩はタテハ先輩を見て、口の端を持ち上げた。

 アゲハから解放されたオレは、改めてスマホを見て、結果を冷静に確認する。


「にしても八十九種か。九十種、いや、百種越えはしたかったな。そしたら、一位通過ねらえたかもしれねぇのに……」


 もしもオレが最初から必採技を使っていれば、もっと余裕で予選突破できていたかもしれない。そんな思いを巡らしていると、周囲から生温かい視線を感じた。

 スマホから顔を上げると、アゲハと先輩たちがオレを見てそれぞれ笑みを浮かべている。


「カーくん、すっかり昔の虫好きなカーくんに戻ったね」


 アゲハの言葉を聞いて、急に顔が熱くなってきた。


「あっ、オレは……。言っただろ、今だけ手伝ってやるって……」

「とかなんとか言って、一番楽しそうにしてたのは、だれだったかなー?」

「うっ!?」


 アゲハが近寄ってきて、上目遣いでこっちを見上げながらいたずらっぽくほほえむ。

 今思い出すとオレ、後半からはアゲハや先輩たちを連れ回して、ずっと虫探しに夢中になっていたな。南の池でタガメを見つけた時なんか、発狂したようにさけんでいた気がする。今思えば、すごく恥ずかしい。


 結局、オレは小学生の頃からなにも変わってないんだろう。スズメは百まで踊りを忘れない。だったらオレも、踊り通さないといけないってことか。


「それじゃあ、みんな。本戦は午後からおこなわれるみたいだから、それまでゆっくり休むことにしよう」

「はいはーい、先輩! あたし、カーくんが虫研に入ってくれたお祝いに、近くのファミレスでご飯食べたいです!」

「おいおい、虫研に入るなんて一言も言ってねぇぞ。あと、行くならラーメン屋な」

「えぇ~、ボクはお寿司屋さんがいいな~。回らないほうの」

「「「えっ?」」」


 気づけばオレは、にぎやかな会話の中心に立っていた。

 青い空の下、豊かな枝葉を揺らしながら、さわやかな風が吹き抜けていく。



    *   *   *



 「虫採り全国大会」の予選が終了した後。


 「ふれあい昆虫パーク」の知る人だけが知っている地下室に、一人の男がいた。目の前には何台ものモニターが設置されていて、彼は手もとにあるキーボードをたたきながら、それらの画面を注視していた。


 次々と切り替わっていくモニターの映像は、さきほどおこなわれた大会で撮られたものだった。皆、虫を手にして、その名前を言い当てている。


「……これは」


 ずっと黙ってモニターを見ていた男が、ある映像を見て、言葉を漏らした。映像が一時停止され、真ん中の大きなモニターに映し出される。


 そこに映っていたのは、一人の少女。手にアゲハチョウを持って、笑顔を向けている場面だった。


 男は手もとへ視線を移し、キーボードを素早くたたく。右側のモニターに名前の書かれたリストが表示された。大会の参加者が記されたものだ。


 リストがゆっくりと、下へ移動する。最後付近になって、男はようやく手を止めた。見つけた名前をつぶやく。


火津鳥ひつとりアゲハ……」


 再び男は、真ん中のモニターに視線を移した。そして、沸き上がる思いを噛み締めるようにして、口角をつり上げた。


「まさかこんなところにいたとは……。ついに……ついに、見つけたぞ」


 肩が小刻みに揺れ出す。不気味な哄笑が、部屋に響き渡る。男は天井を仰ぎ、大口を開けて笑い出した。


「ハハハハ、ハハハハハハハハハハーーッ!! 二重らせんーっ!!」


 最後に両手を挙げてからませて、お決まりのポーズを決める。

 正面のモニターには、なにも知らない少女の笑顔が、変わらず映されていた。

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