4-05 虫研の弱点
「ところでカブトんは、ボクらのチームに弱点があるの、知ってる~?」
「弱点? なんすか、それ?」
唐突にオサム先輩が訊いてきて、オレは首を傾げた。見てきた範囲では、アゲハもタテハ先輩も順調に虫を採っているようだった。弱点なんか、ないように見えたが。
「まだ気づいてないか~。で~もっ、そのうちカブトんも気がつくと思うよ~。このままいけば予選落ちしちゃうってね~」
予選落ちという不吉な言葉を口にしながら、先輩はのん気に笑みを浮かべている。オレを見上げながら、口をにんまりと曲げた。
「このまま……カブトんが一匹も虫を採らなかったらね~」
ギクッ!?
だしぬけにそう言われ、オレは肩を跳ね上げてびっくりした。ごまかそうか、正直に話そうか。迷っていると、先輩は自分のスマホを取り出して、画面をこっちに見せてきた。
「このアプリ、だれがなにを採ったかまでちゃんと記録されてるんだ~。今、タテぴーが十三種で、アゲアゲが八種。ボクが三種、で、カブトんが〇種になってるよ~」
証拠を突きつけられ、オレはまゆをひそめた。今まで一度も「虫アテ君」アプリをまともに使っていないから、そんな表示ができるのもまったく知らなかった。
どう言い訳しようか。ぐうの音も出ないまま固まっていると、先輩はスマホをしまい、口の端を持ち上げる。
「ねぇ、カブトんは、どうして虫採りをやめたの~?」
その笑みはなにを詮索しているのか。オレは先輩から視線をそらし、あらぬ方向を見ながら口を開く。
「だって、カッコ悪いじゃないっすか。小学生でもないのに、虫採りするなんて」
「そうかな~? 大人でも虫採りしている人はたくさんいるよ~」
「オレは……、カッコ悪いと、思ってるんっす……」
「ふぅ~ん」
オサム先輩はまるでオレを見透かすような視線を送ってくる。けれども突然、目をそらして、頭の後ろで腕を組んだ。
「ま~ぁっ、強引に連れてきたボクらも悪いからね~。カブトんは、カブトんの好きにすればいいと思うよ~」
そう言うと、「じゃ~ねっ」と手を振って、雑木林の中を歩いていってしまう。
まぁ、三人で一時間も経たずにもう二十四種も採っているんだ。オレがいなくたって、大会は戦えるだろう。そもそもオレは、無理やりここへ連れてこられただけで、予選突破とか大会優勝とか、まったく興味がないんだ。
「お言葉に甘えて、好きにさせてもらうっすよ……」
先輩の後ろ姿につぶやいて、オレはきびすを返して歩き出した。未だにわめいている戦隊集団の横を通り過ぎて、ワナに引っかからないよう気をつけながら、その場を後にしたのだった。
* * *
それからオレは、虫も採らずにぶらぶらと会場を回っていた。幸い、変な虫採り集団に遭遇することもなく、散歩を楽しめた。
始まってから、一時間三十分が経過した。あと半分もあるのかとため息をつきながら、オレは西の原っぱまで戻ってくる。
辺りを見回すと、アゲハを見つけた。けれども、なんだか様子がおかしい……。
「あー、どれを採ればいいんだろ? モンシロチョウ……はさっき採ったよね、アオスジアゲハ……は、さっきタテハ先輩が採ったって言われたんだっけ……。えーと、うーんと……」
辺りにはまだチョウがたくさん舞っているが、アゲハは虫採り網を振らずに行ったり来たりしている。
「アゲハ、どうしたんだ?」
「カーくん! あっ、ちょっと待って!」
オレが近づくと、アゲハはパッと横を見て、走っていった。網を振り、花の上にとまろうとしていたチョウを採る。黒くて、尾状突起が長い、オナガアゲハだ。
「よし、これなら……。オナガアゲハ!」
アゲハはスマホで「虫アテ君」を起動させ、チョウを映しながら声をあげた。
ブブー。
画面にバッテンの模様が出てきて、下に「この虫はすでに採っています」という文字が表示された。それを見てアゲハは、がっくりと肩を落とす。
「もうタテハ先輩が採ってるのか……。あーもう、どうすればいいのーっ!」
アゲハが頭の上に手を置いて、空に向かって叫び声をあげた。
その姿を眺めながら、オレはオサム先輩の言葉を思い出す。
『カブトんは、ボクらのチームに弱点があるの、知ってる~?』
アゲハはわめきながらも、再び虫採り網を手にして原っぱへ走りだしていった。その視線は、ずっと上空のチョウを追っている。
オレはスマホを取り出し、「虫アテ君」を起動させた。虫研の採った虫の数は、二十六種。さっき見た時から二種しか増えていない。虫の一覧を表示させ、採った虫に目を通す。
「やっぱり、アイツら、チョウばっかり採ってるんだな……」
気づいたことをつぶやいた。一覧にあるのは、ほとんどがチョウの名前だ。ときどきタテハ先輩の採ったガやトンボ、オサム先輩の採ったハエやゴキブリなんかが入っているが、大半はチョウが占めている。
アゲハもタテハ先輩もチョウ好きなのだろう。虫は種類が多すぎるから、虫好きといっても、それぞれに得意分野がある。タテハ先輩のほうは、ちょっとは他の虫にも目が行っているみたいだが、アゲハは昔からチョウしか見ていなかったからな。
「これがオサム先輩の言ってた、虫研の弱点か……」
チョウ
そう考えながらスマホを見ていた時、急に音楽が流れ出し、「虫アテ君」の画面が切り替わった。司会者とその後ろで手を振るゲノム教授の映像が映し出される。
『みんな、がんばってるうーーーー!! ここで、中間結果を発表するよおーーーー! 右上に「順位」のアイコンが表示されるから、それをタップしてみてねえーーーー!!』
映像が終わり、再び「虫アテ君」の画面に戻った。
早速、「順位」アイコンをタップすると、順位とチーム名と採った虫の数が一覧になって出てきた。画面をスライドさせて「虫研」の名前を探す。あった。順位は……。
「三十位……」
予選を突破できるのは、四チームだけ。上位のチームはもう四十種から五十種も採っている。オレたちのチームの予選突破は、絶望的だ。
そう思いながら顔をあげると、目の前にアゲハの顔があった。
「どわっ!?」
「カーくん! ボーッと突っ立ってないで、少しは手伝ってよ!」
ほおを膨らませながら、詰め寄ってくる。なんとなく声がうわずって、口調がいつもより荒い。オレは身を引きながら、なにか言おうとすると、アゲハはまたチョウを見つけて追いかけていった。
「採ったって、意味ねぇのに……」
一人取り残されたオレは、ぽつりとぼやいた。これ以上アゲハの機嫌が悪くなる前に、早く帰ってしまいたいな。そんな思いが頭をもたげる。オサム先輩には「好きにすればいい」って言われたから、好きにさせてもらうか。
「アゲハ。オレ、もう帰るな」
走り回る姿に向かって言った瞬間、アゲハの足がピタリと止まった。オレに背を向けたまま、まったく動かない。どうやら話を聞いてくれるらしい。
「中間結果、お前も見てみろよ? このままだったら予選突破は無理だ。負けが決まってる勝負なんて、やっても意味ねぇよ。だからオレは、もう帰る」
言うだけ言って、きびすを返して歩き出そうとした。
と、その時。
「必採技、十文字斬り!」
「どわっ!?」
不意に視界が、真っ白になった。いや、よく見ると、白い絹の布がオレの顔に覆いかぶさっている。アゲハが頭に網をかぶせてきたんだ。
「な、なにすんだよ!」
オレは後ろを振り返った。怒りを込めて怒鳴ったつもり、だけど。
「なにはこっちだよ! カーくんは、どうしていつも逃げちゃうの!」
甲高い声が響く。その声に、オレが言おうとしていた言葉が全部喉の奥に引っ込んでしまう。網越しのアゲハは、まっすぐオレをにらみつけていた。
「あたしは、虫採りが大好きなの。カーくんがいなくなってから、ずっと一人で虫を採ってて、正直あたし、さびしかった。でも、やっとまた仲間ができて、カーくんも仲間に加わってくれて、あたし、すごくうれしかった。それなのに、なんでカーくんはすぐに逃げようとするの!」
訴えかけるようにして、言葉を吐き出す。小さく息を吸って、手を目もとに当てた。
……アゲハ、もしかして、泣いているのか?
「昔のカーくん、そんなんじゃなかった。いつもあたしの虫採りに付き合ってくれて、どこになにがいるとか、全部教えてくれて。やさしくって、頼もしくって……。そんなカーくんが、あたし、好きだったのに……」
「えっ?」
つぶやきをかき消すようにして、頭から網が外れる。アゲハは背を向けて、ごしごしと目をこすっていた。震えた声が聞こえる。
「ごめん。カーくんはもう虫採りやめたんだよね。あたしたちが強引に誘っただけで、虫のこと、もうなんにも思ってないんだよね……」
つきあわせて、ごめん……。最後に消え入りそうな声を出してから、アゲハは走りだした。何度も目をぬぐいながら、それでも虫を追い続ける。
「アゲハ……」
立ち尽くしたまま、言葉が漏れた。
ひらひらと目の前をコムラサキが飛んでいく。それを見てふと、あの頃を思い出す――。
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