4-04 オサム先輩と昆虫戦隊

 次にやってきたのは、北にある雑木林。クヌギやコナラといった樹木が生え、手入れの行き届いた林が広がっている。遊歩道を歩いていると、耳の生えた髪型の後ろ姿を見つけた。オサム先輩だ。


「あっ、カブトん~。ちょっと手伝ってよ~」


 手招きされて近寄ってみると、先輩は手にストッキングの切れ端みたいな細長いネットを持っていた。中には切ったバナナが入っていて、甘ったるい臭いが鼻を突く。


「先輩、それ、バナナトラップっすか?」

「そうだよ~。バナナと焼酎を混ぜて発酵させたんだ~。これ、あっちの枝にかけてくれない~?」


 オレは言われたとおりにネットを受け取り、先輩の手の届かない枝に結んだ。


 バナナトラップとは、おもにカブトムシやクワガタといった樹液に集まる虫を採るためのワナだ。作り方は人によって多少異なるが、切ったバナナと焼酎を密封できる袋に入れて、二、三日ほど温かい場所に置いて発酵させる。それをネットに入れて、雑木林などカブトムシやクワガタがいそうな場所につるしておくと、虫たちがやってくるというものだ。


「本当は、取り付けた晩や次の日の早朝に回収するのが一番いいんだけどね~。短い時間だけど、どれだけ来るかな~」


 先輩は楽しそうにニヤニヤ笑みを浮かべながら、バナナトラップを見つめ、それから周囲を見回した。


「もしかして先輩、他にもなにかしかけたんすか?」

「そうだよ~。こっちには落とし穴トラップをしかけたし、あっちにはバタフライトラップをしかけてあるよ~」


 落とし穴トラップとは、空の植木鉢や紙コップを、縁と地面が同じ高さになるようにして埋めておくワナのことだ。底にエサとなる肉片や乳酸菌飲料を入れることで、地面を歩いている虫が寄ってきて、ワナの中に落ちて出られなくなってしまう。オサムシなんかを採る時によく使われている。


 バタフライトラップとは、円柱状のネットで、下の部分だけすきまが空いていて、誘引物を置く台がつるされているワナのことだ。このワナを木などにつるしておいて、台の上にバナナなどを置くことによって、チョウをおびき寄せる。やってきたチョウは下のすきまからネットの中に入って、出られなくなってしまう。


「へぇー、先輩は、ワナ担当ってことっすね」

「まぁね~。正直、僕はタテぴーやアゲアゲみたいに網で虫を採るのが得意じゃないんだ~。だから二人とは違う方法で戦おうと思ってね~」


 先輩はそう言って、背負っていたリュックを前に持ってきて、中をガサゴソとあさりだす。


 オレはというと、先輩の言葉を聞いて、昔のことを思い出していた。網で虫を採るのが得意じゃない……か。そういえばオレも、虫の知識ならアゲハに勝つ自信があるが、虫採りの勝負となるといつも負けていて、悔しい思いをしていたんだよな……。


「カブトん~? どうしたの~?」

「あぁ、いや……。でも、先輩? ここらへんには他のチームの人たちもいますよ? ワナに虫が寄ってきても、横取りされるんじゃないっすか?」


 さすがに虫の宝庫、雑木林。辺りには虫採り網を持った大会の出場者が虎視眈々と虫をねらっている。こんな場所で複数のワナをしかけたら、ちょっとよそ見をしたすきに横取りされる危険があると思うのだが。


「フッフッフ、それなら心配いらないよ~。そっち系のワナもしかけておいたから~」


 先輩はリュックから土のついたスコップを取りだして見せて、ニヤリと笑った。

 と、その時、木々を揺らすような雄叫びが、雑木林に響いた。


「そこまでだ! 雑木林にはびこる悪の軍団めっ!!」


 突然前方から、それぞれ赤、青、緑、ピンクの色をしたスーツを身にまとう集団が、走ってこちらへ向かってきていた。その四人は「とうっ!」と華麗なバク宙を次々に決めて、雑木林の地面に着地していく。


「まずはリーダー、クワガタレッド!」


 赤色のスーツを着た人が、クワガタのように両手を掲げてハサミみたいに動かし。


「トンボブルー!」


 青色のスーツを着た人が、トンボのように手を高速で羽ばたかせ。


「バッタグリーン!」


 緑色のスーツを着た人が、バッタのようにその場で跳ね回り。


「バタフライピンク!」


 ピンク色のスーツを着た人が、チョウのように手をゆっくりと羽ばたかせる。


「「「「四人そろって、昆虫戦隊、虫トレジャー!!」」」」


 最後に四人が華麗に決めポーズをとると、背後でドカーンッと爆発が起き、落ち葉が舞い上がった。


「雑木林の平和は、おれたちが守ってみせる! ここにいる虫たちは、全部、おれたちのものだぁぁぁぁああああああああああああーーーー!!」


 どうやらバナナトラップの強烈な匂いが、異様な集団を引き寄せてしまったらしい。

 ていうか、平和を守ると言っておきながら、完全に独り占めする魂胆じゃねぇか!? 正義のヒーローと見せかけて、お前らのほうが悪の軍団なんじゃねぇか!?


「おれたちに、虫を採らせろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおーーーー!!」


 ツッコミたいことが山ほどあるが、その前に戦隊集団が走り出し、こっちに向かって突っ込んでくる。


「先輩、ヤバくないっすか!?」


 オレはとっさにこの場から逃げようと思った。けれども、行く手をはばむようにして、オサム先輩の片手が前に伸ばされる。


「カブトんは、この場から動かないほうがいいよ~」


 いつもどおりののんびりした口調で言って、口の端を持ち上げる。

 戦隊集団の真ん中を走るレッドがオレたちに飛びかかろうと、踏み出した足に力を入れた。

 次の瞬間、その姿が、消えた!?


「なんだ!? なんだ、これは!? 出られない! 出られないぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおーーーー!?」


 地面をよく見ると、そこには人一人入れる大きな穴が空いていた。その中にレッドは落ちてしまったらしい。身体が穴にすっぽりとはまって、容易に外へは出られなくなってしまったようだ。

 突然身動きができなくなったリーダーを心配して、他のメンバーは足を止めて穴のそばへと駆け寄る。


「リーダー! 大丈夫か、いぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいーーーー!?」


 ブルーは、地面から持ち上がってきたネットにからまって木の下で宙づりにされ。


「今助ける、ぐぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおーーーー!?」


 グリーンは、地面に塗られたトリモチにからめとられ。


「よくもお兄様たちを! お覚悟はよろしくて、ぎゃぁぁぁぁあああああああああああーーーー!?」


 ピンクは、どこからか現れたゴキブリ型のロボットが顔面にくっついて、気絶してしまう。


「もしかして、あれ全部、先輩が……?」


 前方でわめき苦しむ声を聞きながら、オレは察しつつも問いかけた。というか、あれだけのワナがありながら、オレはよく引っかからずにここまでたどり着けたな。もしも一歩間違っていれば、あんな目に遭っていたのかと、冷や汗が伝う。


「言ったでしょ? ボクはタテぴーやアゲアゲとは違う方法で戦うって。ライバルを潰しておくのも、大事な戦略だよね~」


 そう言って、オサム先輩はほくそ笑み、いたずらっぽく舌をだした。

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