4-03 タテハ先輩と鳥男子

 次にやってきたのは、東にある川。木々の間に小川が流れていて、頭上から聞こえる鳥のさえずりとともに、心地よい音を奏でている。遊歩道には木漏れ日が降り注ぎ、ここでしばらくサボっていようかと思っていると、知っている姿を見つけた。


「タテハ先輩……、なにしてんだ?」


 先輩は道の真ん中で虫採り網をまっすぐ地面と水平に伸ばし、静止していた。


「必採技、風道」


 そう口にした瞬間、少し強めの風が吹く。それと同時に先輩も駆けだした。目線の先には、一匹のチョウがいる。まるで踊るように遊歩道を走り、チョウの真下を常にマークする。

 その時、ふっと風が止み、先輩は地面に着いたつま先に力を入れた。くるっと一回転した勢いで、チョウめがけ網を振る。けど、採れない、いや、採らなかったんだ。網を振った勢いでチョウはバランスを崩し、先輩が持つ網の中へ入った。


「モンキアゲハ、だね」


 先輩は右手でチョウの胸辺りをつまみながら、左手に持ったスマホをかざす。チョウは全体的に黒くて、後翅に白い模様がある。先輩の言うとおりモンキアゲハで、スマホからピロリンッと音が鳴った。


「あれ? 先輩、そのチョウ、持って帰るんすか?」


 オレは近くまで歩いていって訊いてみる。

 タテハ先輩はチョウを逃がさず、腰につけた三角形の革製ケースから三角形にたたまれた半透明な紙を取り出して、その中にチョウを入れた。さっき胸辺りをつまんで気絶させたからか、チョウは暴れることなく三角紙の中に入っている。


「うん。今回の大会では、採った昆虫の持ち帰りも自由みたいだからね。あとで標本にしようと思うんだ」

「へぇー。他の連中にまた採られないようにする作戦っすか?」

「そこまでは考えてなかったな」


 苦笑いを浮かべながら、三角紙に入ったチョウを三角ケースにしまうタテハ先輩。

 その時、視界の隅になにか動くものが見えた。目を移すと、遊歩道の脇で、花の周りを飛び回る一匹の虫がいた。あれは……。


「オオスカシバだね」


 先輩もその虫に気づいていて、虫採り網を持ち直していた。


 オオスカシバは昼間でも飛ぶガの一種だ。翅が透明で、体はずんぐりとしていて緑色っぽい。長いストローのような口吻こうふんを持っていて、それを使って花の蜜を吸う。まるでハチのように高速で翅を羽ばたかせて飛び回り、その速度は時速五十キロメートルに達することもあるのだとか。


「先輩、どうするんすか? オオスカシバに蝶道はないから、さっきの技は使えないっすよ?」

「そうだね。必採技の“風道”は蝶道と風を利用したものだから、オオスカシバには通じない。けれども、他にも使える技はあるから。例えば、必採技――」


 話している最中に、オオスカシバがこちらへ向かって飛んできた。その瞬間、先輩の目つきが変わる。右手に持った虫採り網を短めに持ち直したかと思ったら、風を切る音が聞こえた。と同時に、オレの前髪がさっと揺れる。


刹那せつな!」


 まばたきをした次の瞬間には、オレの前から先輩は消えていた。横を見ると、三歩先に、網を折りたたんだ先輩の姿があった。


「僕のもう一つの必採技、“刹那”。網を短く持って、できるだけ速く目の前の昆虫を採る技だよ。よくて二、三歩先までしか届かないけど、目の前に一瞬だけ近寄ってきた昆虫を確実に採れるようにしている」


 網に入ったオオスカシバを確認し、涼やかな笑顔を向けながら説明してくれた。ハッと我に返ると、口がぽっかり開いたままの自分に気付く。


「す、すごいっすね」


 つい本音が出てしまう。アゲハみたいに無駄な動きなんてないし、目にも止まらない速さだった。さすが、虫研を立ち上げただけはあるな。


「ところで、カブト君、さっきの“風道”だけども、僕の必採技を見ただけで、蝶道を利用しているってよくわかったね?」


 オオスカシバを手にとってスマホをかざしながら、先輩がオレに訊いてきた。


「えっ? それくらい、見たらわかるっすよ」

「見たらわかる……ね。やっぱり、君を選んで正解だったよ」


 登録を済ませた先輩は、三角紙にオオスカシバを入れながら、オレに向かって満足げな笑顔を見せる。

 オレ、なんか変なことでも言ったか? 怪しい笑みから逃げるように視線をそらした。

 すると突然、鳥のさえずりに混じって、どこからか笑い声が聞こえてきた。


「クスクスクス、なかなかいい腕をしているみたいだね?」


 林の中に響き渡る澄んだ声。オレとタテハ先輩は頭上を見て、辺りを見回した。


「だれ?」


 先輩の問いに対して、再び澄んだ声が答える。


「ぼくらの正体を知りたいかい? いいだろう、教えてあげよう」


 聞こえた瞬間、前方の枝が揺れだした。人が四人、次々と落ちてきて、優雅に着地を決める。


「オオルリ使いのルリ!」


 地面に足をつけて立ち上がった一人が、頭上に手を伸ばす。するとどこからか、青色の鳥がやってきて、彼の人差し指にとまった。


「キビタキ使いのヒタキ!」


 さらに後ろの人の手には、黄色っぽい鳥がとまり。


「サンコウチョウ使いのホイホイ!」


 さらに後ろの人の手には、全体的に黒っぽくて尾の長い鳥がとまり。


「ヨタカ使いのケンジ!」


 さらに後ろの人の手には、みにくい茶色の鳥がとまる。


「「「「ぼくら、虫採り鳥使い――バードボーイズ!!」」」」


 四人がそれぞれ手に鳥を乗せながら、優雅にポーズを決めた。


「虫採り鳥使い……バード、ボーイズ!?」


 タテハ先輩が良い感じのリアクションをして、足を一歩後ろへ下げた。

 虫メインなのか鳥メインなのかはっきりしない集団だな。てか、ホイホイって名前なのか? てか、ヨタカ使いのケンジって、ツッコんでいいのか? 星になりそうな名前だが、ツッコんでいいのか!?


「ぼくらは野生の鳥と心を通わせ、虫を採っているんだ。ぼくらの技、とくと見るがいいさ!」


 別に頼んだ覚えはないのに、鳥男子集団のパフォーマンスが始まるらしい……。

 鳥男子集団は一斉に鳥たちを飛び立たせた。カラフルな鳥たちが羽ばたき、木の上に行って見えなくなってしまう。

 すると鳥男子集団は、両腕を空に向かって伸ばし、手をブルブルと揺らしだした。


「聞こえる……。聞こえるよ、鳥の声が……! あっ、採ったみたいだ!」


 なにか怪しい電波をキャッチしてしまったのか……。先頭に立つオオルリ使いのルリが叫ぶ。今度は全員が、片腕をピンッと伸ばして立っていると、さきほど放った鳥たちが戻ってきて、人差し指にまたとまる。一番前にいるオオルリという青い鳥の口には、なにかがくわえられていた。


「これは、オオミドリシジミだね」


 そう言って、鳥から虫をもらい、ほほえむオオルリ使いのルリ。手には小さなチョウがいて、一瞬広げた翅は、緑色に輝いて見えた。鳥にくわえられたにも関わらず、まだ生きているみたいで、翅に傷もついていないみたいだ。


「これがぼくらの必採技。を使って虫を採る、名付けて――必鳥技ひっとりわざさっ!」


 今、ひっとりわざって二回言ったようにしか聞こえなかったんだが……。

 鳥男子集団は手に鳥を乗せたまま、四人で優雅にポーズを決めた。


「必鳥技……なんてすごい技なんだ……。ゼフィルスをあんな一瞬で採るなんて……」


 タテハ先輩はそうとう驚いているらしく、良い感じのリアクションをして、その場で雷に打たれたみたいにぼう然と立ち尽くす。


 ちなみにゼフィルスというのは、シジミチョウ科のチョウの中で、樹上性のミドリシジミ類のことをいう。かつて、この仲間の属名がZephyrusと名付けられていたことから、そう呼ばれるようになった。二センチほどの小ささだが、オスは緑や青の金属光沢があるきれいな翅を持つものが多く、人気の高いチョウだ。


 鳥男子集団は、再び鳥たちを空へと羽ばたかせた。両腕を上に伸ばし、手をブルブルと揺らしながら、オレたちに向かって言う。


「この大会、予選突破、そして優勝はボクらのものだよ。クスクスクス」


 そう言って、手をブルブルさせたまま、「聞こえる……、聞こえるよ……」とつぶやきつつ、林の中へ入っていってしまった。


「バードボーイズ……。あんな手強いチームが大会に参加しているとは……」


 タテハ先輩がぽつりと感慨を零す。

 さっきのアゲハみたいに、どこでダメージを受けたのか、一瞬よろけ、虫採り網をつえ代わりにして身体を支えた。

 そして前へと向き直り、網を前方へまっすぐ伸ばす。


「僕らも負けてられないね。よし、もっとたくさん昆虫を採ろう」


 気持ちを新たにしたように宣言して、遊歩道を駆けていく。

 残されたオレのもとへ、ヒューッと風が吹き抜けて、木の葉が顔にへばりついた。


「なんであんな変な集団にばっかり遭遇するんだ……」


 痛くなりそうな頭を抱えて、オレはふらふらと別の場所へ移動したのだった。

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