4-02 アゲハと忍者隊
「ふれあい昆虫パーク」は山ひとつ分あるだろう広大な敷地を持っている。パークを中心にして、北には雑木林、東には川、西には原っぱ、南には池があり、昆虫が生息しやすい環境が整備されているらしい。中部地方の平地にいる昆虫なら、たいてい観察することができると言われている。
「うぅ……いてぇ……」
オレは背中をさすりながら、虫を採る気もなくふらふらと西側の原っぱを歩いていた。原っぱといっても、なにもない草地じゃない。いろんな種類の花が植えられていたり、キャベツやニンジンといった野菜が育てられていたり、エノキや柑橘類などの木もところどころに生えている。すべてチョウが好みそうな植物だ。
ここはチョウの集まる原っぱ。別名「チョウの楽園」とも言われている。
「あっ、アゲハ」
そんな原っぱの一角に、やっぱりいた。
アゲハが虫採り網を腰に据えて、意識を集中させていた。
「必採技、十文字斬り!」
言うや否や、前方でひらひらと舞うチョウめがけて、網を左から右へ振り払う。チョウが驚いて真上へ上昇した。その一瞬の隙を突いて、今度は網を上から下へと振り下ろす。
「はぁっ!」
最後にくるりと手首を返して、網を折りたたむ。中にはチョウが、黄色っぽい翅をパタパタと動かしながら入っていた。
「やったー! まず一匹、ゲット!」
アゲハが手首を返したまま、その場でぴょんぴょんとうれしそうに跳びはねる。
それからオレの存在に気がついたらしく、こっちを見て手招きをしてきた。
「カーくん! 見て見て、アゲハチョウ採ったよ!」
「わかったから、早く登録しろよ」
近寄って言うと、アゲハは網の中からアゲハチョウを捕まえて、外へ出した。右手で翅を持ったまま、左手でスマホを取り出し、カメラのレンズをチョウへ向ける。
スマホをのぞくと、チョウが映し出されていて、「これはなんですか?」という文字が下に表示されていた。
「アゲハチョウ!」
アゲハが言うと、ピロリンッとスマホが鳴り、丸が表示される。それから「虫研」というチーム名の下に、「1 アゲハチョウ」と表示された。
なるほど。採った虫をカメラに映して、虫の名前を当てる。こうやってカウントしていくのか。
「『1』ってことは、あたしが最初に採ったってことかな。よーしっ、この調子でどんどん採るぞー!」
アゲハはアゲハチョウを逃がして、再び虫採り網を持つ。
すると、隣にある花畑にひらひらとチョウが近づいてきた。
「あっ! ……って、さっき逃がしたアゲハチョウかな?」
アゲハは一瞬網を構えたけど、そのチョウを見るなり、網をおろした。
やってきたのは、黄色と黒の模様があるチョウ。確かにぱっと見はアゲハチョウっぽい。けれども体の黄色は、さっき見たアゲハチョウよりも濃い気がする。それに、前翅の付け根が、黒く塗りつぶされている。
「アゲハ、あれはアゲハチョウじゃねぇ。キアゲハだ」
花畑の隣には、ニンジンの植えられた畑もある。ニンジンはセリ科で、キアゲハの幼虫の食草だ。たぶん、卵を産みに来たメスだろう。
「えっ!? だったら採らないと! よーしっ!」
アゲハは網を構えながら、キアゲハのもとへ駆けていく。
けどその時、目の前にドロンッと煙幕が立ちのぼった。
「げほっ、げほっ、なにこれ!? だれ!?」
「そうやすやすとは、採らせないでござる!」
アゲハはむせて足を止め、そのまま後ずさる。
立ち上がった煙の中から、人影が四つ現れた。
「われら、虫採り忍者隊! で、ござる!」
忍者っぽい服を着た小柄な四人の集団が、それっぽいポーズを決めて、アゲハの前に立ちはだかった。
「虫採り、忍者隊!?」
なんか、変なのが出てきたな……。
アゲハが良い感じのリアクションをして、足を一歩後ろへ下げた。
「あのキアゲハは、われらのもの! われらの忍法、とくと見るでござる!」
言うや否や、忍者集団は四方に散っていく。
「隠れみの術で、陸に潜み――!」
一人は白い砂地の上に布を敷き、周囲の地面と一体化する。
……って、その布、ライトトラップの時に使うやつじゃねぇのか?
「ムササビの術で、空を飛び――!」
一人は木の上にすばやくのぼり、そこから布を広げて空を飛ぶ。
……って、今度の布は、ビーティングネットじゃねぇか!
「水とんの術で、水に潜る――!」
一人はため池の中に入り、小さな筒を水中から出して身を潜める。
……って、吸虫管を竹筒代わりにするんじゃねぇ!?
「こ、これが、忍法!? 初めて見た!」
アゲハは感動しているらしく、良い感じのリアクションをして目をキラキラさせている。
ちなみにここで解説しておくが、ライトトラップは夜間に山の中などで明かりを灯し、光に寄ってくる虫を集める採集方法だ。明かりのそばに白い布を張ることで、その布に虫がとまって、観察や採集がしやすくなる。なお、身を隠すために使う道具ではない。
ビーティングネットとは、四角くて白い布の角に、十字に棒が取り付けられているものだ。木の枝にいる小さな虫をたたいて落とす際に、受け皿として使われる。この採集方法をビーティングという。言っておくが、空を飛ぶために使う道具ではない。
吸虫管とは、試験管のような容器の入り口に二つの管がついた昆虫採集道具だ。一方の管を小さな虫に近づけて、もう一方を自分の口にくわえて息を吸うことで、掃除機みたいに虫を吸い込んで採ることができる。手でつかむと潰れてしまうような小さな虫を採る際に使う。決して、水に潜って息を吸うための道具ではない!
「むっ、キアゲハ発見! 皆の衆、いくでござる!」
さっきの術はなんだったのか。四人が再び集まり、キアゲハを取り囲む。
「はぁぁぁぁあああああっ!」
四人がそれぞれ、手で印をきりだす。
次の瞬間、四人の姿が八人に、八人の姿が十六人にと。数がどんどん増えていった。
「これが必採忍法、分身の術でござる!」
合計三十二人がキアゲハを取り囲み、腰につけていた短い虫採り網を手に、飛びかかっていく。
「はぁ!」
「でやぁ!」
「とりゃ!」
「おりゃっ!」
「どりゃっ!」
一人がダメでもまた次が、次がダメでもその次が……と、ひらひら舞っているキアゲハに向かって、これでもかと数で攻める忍者集団。
……っていうか、こいつら、虫を採るの下手なんじゃないか。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる戦法をとっているだけじゃないか。
「でりゃどりゃぁーっ! ……っ!? やった、やったでござるーっ!」
いちいち数えていないけど、だいだい二十人目くらいでようやくキアゲハが網の中に入った。忍法が解け、三十二人いた姿がもとの四人に戻る。忍者集団は採ったうれしさを噛み締めて、その場で拳を突き上げた。
「そ、そんな……あたしのキアゲハが、採られるなんてーっ!」
と、今まで見ていただけなのに、アゲハが良い感じのリアクションをして、その場でひざをつき、悔しそうに拳を地面にたたきつけた。
「見たでござるか、われらの力! 予選は必ず、われらが突破するでござる!」
勝ち誇ったように言って、忍者集団はドロンッと煙幕を巻き上げた。煙が晴れる頃には、その姿はどこにも見えなくなっていた。
「虫採り忍者隊……。あんな強いチームが出場しているなんて……」
アゲハが虫採り網をつえ代わりにして立ち上がる。どこでダメージを受けたのか、ふらふらとよろめく。でも次の瞬間、キッと顔を上げて、虫採り網を空に向かって突き上げた。
「あたしたちも負けてられないね! よーしっ! いっぱい虫を採るぞー!」
叫ぶと同時に元気に走り出す。原っぱを抜けて林の中へ入っていき、その姿は見えなくなってしまった。
残されたオレのもとへ、ヒューッと風が吹き抜けていく。
「なんか、面倒な大会に参加しちまったな……」
心からそう思い、頭を抱えた。序盤から異様な集団に遭遇してしまったオレは、目立たないようにそろそろと、別の場所へ移動したのだった。
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