第四話 虫採り全国大会

4-01 開会式

 右手をタテハ先輩に、左手をアゲハに拘束され、後ろからオサム先輩に押されつつ、オレは抵抗空しく「虫採り全国大会」の会場へと連行された。

 受付を済ませ、やってきたのは開会式がおこなわれるという広場。なにもない広い草地に、ステージが設けられている。


「わぁー、人、いっぱいいる! これ全部、大会の出場者かな?」


 アゲハが背伸びをして、額に手をかざしながら言った。

 どうやらオレたちが最後にやってきたらしい。会場にはすでに五十組くらいの出場者がいた。小学生くらいのちびっ子たちもいれば、年季が入ったおじさんグループもいる。ほとんどの人が虫採り網を片手に、開会式を今か今かと待ちわびていた。


「全国大会って、名ばかりじゃあなかったんすね」


 てっきり、名前だけは立派で、実際は地元の人しか来ない小さな虫採りイベントみたいなものだと想像していたが、どうやら本気で虫採りをしに来た人が大半らしい。


「まあ、主催があそこだからね」


 そう言って、タテハ先輩はステージの奥にあるドーム状の白い建物に目を移した。

 あれがこの大会の主催者である「ふれあい昆虫パーク」だ。日本有数の昆虫博物館で、標本展示だけでなく生態展示にも力を入れている。中には巨大な温室があって、何百種類もの昆虫が放し飼いにされ、見て触れて楽しむことができる。

 ……と、大会のチラシに書いてあった。べ、別に何度か足を運んでいるから知っているわけじゃない。


「それにさ~、ゲストがすごいんだよ~っ!」


 オサム先輩がリュックの中からスマホを取りだし、笑みを浮かべた。

 ゲスト? そこまではあのチラシには書いていなかったな。

 その時、ステージに若い女性があがってきた。


「みなさーん、お待たせしましたー! いよいよ、第一回、『虫採り全国大会』を始めるよおーーーー!!」


 マイクを片手にハイテンションで叫ぶ。辺りから「おおおおーっ!」と歓声があがり、拍手が起こる。やる気満々だな……。


「ではまず、本日のスペシャルゲストを紹介するよー! ゲノム教授、どうぞー!」


 ステージへあがってきた人物を見て、周囲の空気がざわつく。

 白髪に白いあごひげを伸ばし、白衣を着て眼鏡をかけた男性が横からゆっくりと歩いてくる。ステージの真ん中に立つと、ざわついていた会場内が水を打ったようになった。


 ゲノム教授。おもに昆虫の遺伝子について研究している日本の昆虫学者だ。彼の手によって解明された昆虫の遺伝情報は数知れず。また、大の虫好きで、研究室にとどまらず日本全国世界各国を飛び回り、昆虫採集や生態観察に明け暮れているという。

 昆虫関係の本を多数執筆しているし、テレビにもたびたび出演する。虫好きなら知らない人はまずいない、そんな超有名人が目の前に現れた。


「それではゲノム教授、挨拶をお願いしまーす!」


 司会者の言葉を受け、ゲノム教授は鷹揚にうなずく。

 辺りから、ごくりとつばを飲み込む音が聞こえてくる。会場にいる人のほとんどが、彼の一挙手一投足に注目している。

 ゲノム教授がゆっくりと両手を上へ伸ばし、口を開いた。


「二重らせん!!」


 両方の手をからませて、身体をねじり、足もねじって、お決まりのポーズを決める。


「「「…………」」」


 一瞬の沈黙のあと。


「「「おおおおおおおーーーーーーーーっ!!」」」


 会場全体から、歓喜の声が鳴り響いた。


「すごい! 生の『二重らせん』、感動したー!」

「あのひねり具合、素晴らしいね」

「ボク写真撮ったよ~。あとでタテぴーに送るね~」


 アゲハたちも次々に歓声をあげる。

 「二重らせん」はゲノム教授の決めポーズなんだが……。オレにはいまいち良さがわからない……。ただの滑ったギャグにしか見えないんだが……。


「二重らせん!!」

「「「おおおおおおおーーーーーーーーっ!!」」」

「二重らせん!!」

「「「おおおおおおおーーーーーーーーっ!!」」」

「二重らせんー!!」

「「「おおおおおおおーーーーーーーーっ!!」」」


 決めポーズの連発に、会場のボルテージがあがっていく。しまいには泣き出す人が出てきたり、「ゲノム教授ばんざーい!」と両手をあげる人まで出てくる。

 この空間はなんだ? どっかの怪しい宗教団体か!?


「ゲノム教授、ありがとうございましたー! それではいよいよ、『虫採り全国大会』の予選を開始するよおーーーー!!」


 ゲノム教授の挨拶、あれで終わりか!?

 教授はステージにあるイスに座り、司会者が拳を突き上げて叫ぶ。ステージの上にあるパネルが光り出して、「虫採り全国大会」という大きな文字が浮かびあがった。


「今回、大会に出場してくれたのは合計四十七組。この中から本戦にいけるのは、わずか四組だ! そしてー! 予選の虫採りルールはあーーーー!?」


 パネルに映された文字が、ルーレットのように素早く変わっていく。司会者の叫びが止まったとき、ぱっとパネルに映された文字に全員が注目した。


「『虫採り耐久レース』だあーーーー!!」


 「虫採り耐久レース」?

 ざわつく周囲を受けて、司会者は説明を始める。


「今から三時間のうちに、どれだけの昆虫しゅを採れるかを競ってもらうよ! 範囲は、『ふれあい昆虫パーク』の施設を除く敷地内! 多くのしゅを採った上位四組が、本戦へ出場できるぞ!」


 それを聞いて、アゲハが納得したようにポンッと手を打った。


「なるほど、わかりました。ようはたくさん虫を採ればいいんですね!」

「いや、それだけじゃあダメだよアゲハ君。あくまで種数をカウントするから、同じ種類をたくさん採っても意味がないんだ。この予選は、虫採りの技術とともに、昆虫を識別する知識も必要になってくるね」

「でもさ~、それぞれのチームが何種採ったかなんて、だれが数えるんだろ~? 虫採りしなくても知ってる虫をこっそりカウントしちゃえば、バレないんじゃない~?」


 オサム先輩がズルをする気満々で、ニヤリと笑みを浮かべた。

 確かに、四十七組もいるのに、どうやって、どの組がなにを採ったか記録していくんだ。首を傾げていると、再び司会者が話し出した。


「ちなみに、種のカウント管理は、ゲノム教授が開発をプロデュースした、この『虫アテ君』アプリを使ってもらうよおーーーー!!」


 叫ぶと同時に、頭上のパネルにコードが表示される。


「スマホを持っている人は、上のコードを読み込んでダウンロードしてね! スマホを持っていない人は、無料で端末を貸し出すから来てね! 使い方は、『虫アテ君』が直接教えてくれるよ!」


 スマホをかざしてコードを読み込むと、「虫アテ君」という文字が表示された。二重らせんポーズを決めたゲノム教授が一瞬現れて、どこかへ消えていく。それから、「あなたの名前を教えてください」という文字が表示され、入力すると次は、「あなたのチーム名を教えてください」と表示された。


「あれ? オレたちのチーム名って、なんすか?」


 訊くと、タテハ先輩が答える。


「虫研だよ。漢字の虫に、研究の研だ」

「虫研?」

「昆虫研究同好会の略称だよ。ですよね、タテハ先輩?」

「そう。まだ、僕とオサム君とアゲハ君しかメンバーはいないけど、僕はこの会を大きくして、学校の部活として認めてもらいたいんだ。だから、まずは実績を作るために、こうやって大会に出場したんだよ」

「そうだったんすね」


 興味なさげに言って、オレはスマホに「虫研」と入力する。「登録完了しました」という文字が出てきて、そのあとは、カメラが起動したのか、足もとが映し出される。


「みんな、準備はできたー? それじゃあ始めるよ!」


 周囲の人たちも準備ができたのか、再び虫採り網を手にしている。

 アゲハもタテハ先輩も、それぞれスマホをポケットにしまい、自分の虫採り網を構えた。


「カブトんは、これを使いなよ~」


 と、オサム先輩がリュックから、縮められた虫採り網を取り出し、オレに差し出してきた。タテハ先輩と同じ、金属製の伸縮自在な柄と、スプリング枠の網が組み合わされた虫採り網だ。


「あ、どうも……」


 場の空気に流されて、イヤイヤながらもそれを受け取る。


「それじゃあ、気を付けてね~」

「えっ?」


 オサム先輩がニヤニヤと笑みを浮かべながら、オレに向かって軽く手を振ってきた。オレはなにに気をつければいいんだ? スズメバチにか? そう思った矢先。


「――二、一、予選、スタートーーーー!!」


 司会者の声が耳に入り、前へ向き直る。その瞬間、アゲハとタテハ先輩が真剣な顔つきをしてオレの横を風のように通り過ぎた。さらに前にいた四十六組の虫採り網を持った人々が、一斉にオレのほうへ向かって走ってくる!?


「どわぁぁぁぁあああああああああああっ!?」


 雪崩のような人の波に巻き込まれ、オレは為す術がなく押し倒されて踏みつぶされた。それは一瞬の出来事で、あとに残ったオレは、地面にめり込んでピクピクと震えていた。


「くっ……、お前ら、やる気ありすぎだろー!」


 オレの叫びは、だれに聞こえることもなく、晴天の空へと消えていった。

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