3-03 昆虫クイズ大会!

 ボックスは、青と赤の二種類。それぞれ真ん中に人の立てるスペースがあって、前方にはボタンのついた台が、後方には得点の表示されるパネルが備え付けられていた。


「始まりました! 第一回、昆虫クイズ大会!! まずは挑戦者の紹介だよ~!」


 司会席に立つオサム先輩がノリノリな口調で言って、手のひらをボックスに向かって指し示す。


「まずは赤コーナー、アゲアゲ~!」

「よーし! がんばるぞーっ!」

「続いて青コーナー、カブトん~!」

「って、なんでオレはいつのまにここにいるんだよ!?」


 ハッと我に返ると、オレは青ボックスの真ん中に立っていた。さっきまで路上にいたはずなのに、いつのまにか周囲は「ワーッ」と適当な歓声が流れるそれっぽい雰囲気の場所に変わってしまっている。

 これは夢か、幻覚か、VRなのか!?


「カーくん、真剣勝負だからね! あたしは必ず勝って、カーくんといっしょに虫採りをするんだからっ!」


 アゲハがなんの戸惑いもなく、オレに人差し指を向けて宣戦布告してくる。

 ちょっとはこの空間に違和感を持てよ!


「それじゃ~あっ、ルールを説明するよ~! 問題は全部で三問。わかったらボタンを押して答えてね。たくさん正解したほうが、勝ち~っ!」


 オレのツッコミをよそに、話が進んでいく。いまいち状況がのみ込めねぇけど、ルールだけはわかったぞ。ようは早押しクイズだ。


「早速始めるよ! 出題者のタテぴー、お願い~っ!」


 オサム先輩の隣に立つタテハ先輩が、ゆっくりと二つ折りにした紙を広げた。


 オレは腹をくくって、ボタンの前に手を添える。とにかく早く勝って、この変な空間から逃れてやる。隣でアゲハが「みんなもいっしょに考えてみてね!」とか、だれに向かって言っているのかわかんねぇことをしゃべっているが、気にせずに目の前に集中する。


「第一問」


 オレとアゲハの真剣勝負が、始まった。


『次の中で、昆虫でないものはどれ? A、シミ。B、ハサミムシ。C、ダンゴムシ』


 ……はっ、簡単すぎる!

 オレは鼻で笑って、強くボタンをたたこうした。


 ピコンッ!


 だが、その直前、隣の席の赤いランプが点灯する。

 しまった! アゲハは反射神経がいいんだった。


「赤、アゲアゲ~!」


 先にボタンを押したアゲハが、両手を腰に当て、自信満々に答える。


「Aのシミ!」


 ブッブー!


 オレはズサァーと目の前の台に頭を滑られた。

 不正解音を聞いて、アゲハはびっくりしたみたいに大きく目を見開いている。


「えぇー! なんで!? シミって、服とかお肌とかにできるシミじゃないの!?」


 アゲハ……、まんまと引っかけ問題に引っかかっているな……。

 オレは頭を起こし、咳払いをひとつして、アゲハに説明してやる。


「シミっていうのは、翅を持たない原始的な昆虫の一種だ。黒や銀色をした平らな体で、家の中に生息しているものもいる。形が魚に似ていて、紙を食べることから『紙魚シミ』と言われてきたんだ」

「へぇー、そんな虫がいたんだ。じゃあ、正解はなに? ハサミムシもダンゴムシも虫じゃないの?」

「アゲハ……。昆虫の特徴は三つある。一つ目は、外側が外骨格に覆われていること。二つ目は、体が頭部・胸部・腹部の三つに分かれていること。そして三つ目は、足が六本あることだ。だから……」


 ピコンッと、オレはボタンを押した。青のランプが点灯して、答える。


「正解は、Cのダンゴムシだ!」


 ピンポーン!


「カブトん、正解~っ!」


 オサム先輩の声を聞き、オレは小さくガッツポーズをとった。


「ダンゴムシは陸に上がった甲殻類の一種だ。つまり、エビやカニと同じ仲間。足が十四本あって、ムシって名前はついているけど、昆虫とは違う種類なんだ」

「あぁーっ! そっか、なんで気づかなかったんだろうー!」


 アゲハが今さら理解したみたいに、両手を頭に当ててうろたえている。

 まずは一点先取。オレはうるさい隣を放っておいて、再びボタンに手を添えた。


「続いて、第二問!」


『エノキを食べる昆虫を四種答えよ』


 ピコンッ!


「赤! またしてもアゲアゲ~!」

「はいっ! エノキダケはおいしいけど、昆虫は食べない!」


 ブッブー!


 あいつ、なに言ってんだ!?

 思わず口からなにかが吹き出したが、気を取り直してボタンを押す。


 ピコンッ!


「青、カブトん~!」

「オオムラサキ、ゴマダラチョウ、ヒオドシチョウ、テングチョウ」


 ピンポーン!


「えぇー、なんで? これも引っかけ問題じゃないの!?」

「アゲハ……。エノキって、知ってるか?」

「知ってるよ! 白くておいしいキノコのことでしょ!」

「それはエノキダケだ! エノキは道端とか川縁に生えているニレ科の落葉樹だ。さっきいった、四種のチョウの食樹になってる。ほかにも、タマムシの成虫が葉を食べるし、幼虫は枯れ木を食べるんだ」


 ちなみにエノキは、葉を見ればだいたいわかる。葉脈がつけ根で三本に分かれていて、葉の上半分にギザギザした鋸歯きょしがある。意外に街中の道端に生えているから、見つけやすい樹木なんだよな。


「続けてラスト、第三問だよ~!」


『人にとって有毒なガを三種答えよ』


 ピコンッ!


「赤! アゲアゲ~!」


 くっ……。問題を聞いてからすぐに押しているはずなのに、なんでいつもアゲハのほうが早いんだ。

 アゲハはたたいた手で拳を作り、やけくそぎみに叫んだ。


「よくわかんないけど、とりあえず毛虫には触らないほうがいい!」

「よくわかんねぇなら答えるなよ!?」


 ブッブー!


 耐えきれず、口からツッコミが出てきてしまう。

 オレはゆっくりとボタンを押した。数回深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから答える。


「イラガ、チャドクガ、マツカレハ」


 ピンポーン!


「青のカブトんが正解~!」


 ていうかオサム先輩、さっきからオレを怪獣みたいなあだ名で呼ぶの、やめてくれませんか……。


「イラガとマツカレハは幼虫の時に毒針毛どくしんもうを持っていて、間違って触ると痛みを生じたりかぶれたりすることがある。やっかいなのがチャドクガで、風で飛ばされた毒針毛に触れただけで被害を受けることがあるから、幼虫を見つけたらあまり近づかないほうがいい。ちなみにチャドクガは、ツバキやサザンカといった身近な木を食樹としていて、たくさんの個体が集まって葉を食べているんだ」


 口をあんぐり開けて固まっているアゲハに、人差し指を立てながら解説してやる。

 まぁ、アゲハみたいにとりあえず毛虫には触らないほうがいいって思っていれば、被害に遭うことはないんだが……。毛虫といっても、毒のない幼虫もたくさんいる。ツマグロヒョウモンの幼虫みたいに、いかにも毒のありそうな派手な色をしているけど、実際には無毒な虫もいるからな。


「クイズ、終了~っ!」


 オサム先輩の声とともに、それっぽい空間だった周囲が、もとの路上へと戻っていく。ボックスも消えて、コンクリートの地面に足をつけた時、隣でガクリとひざを折る姿が見えた。


「負けたーっ!」


 うなだれて、悔しそうに拳を地面にたたきつけるアゲハ。

 オレは勝った喜びに浸りながら、上機嫌に鼻を鳴らして腕を組む。


「どうだ、見たか! だいだいアゲハは昔から虫を採ることしか頭になさすぎなんだよ。本とか読んで、虫についてもっと勉強しろ」

「うぅー。だって、読書苦手なんだもんー。すぐ眠くなっちゃうし……」

「そんなこと言ってたら、虫採りも上達しねぇだろ? 虫の種類をたくさん知っていれば、それだけ虫を見つけやすくなるし、食草や食樹がわかれば、虫探しも楽になる。それに、危険な虫も知っていれば、より安全に虫採りができるだろ。もっと上手くなりてぇなら、勉強することだな」

「うぅー。悔しーっ!」


 アゲハが両腕をじたばたと振って、悔しさを噛み締めている。

 オレはきびすを返し、意気揚々とこの場から立ち去ろうとした。

 と、その時。


 ガシィッ!


 アギトアリもびっくりするほどの速さで肩をつかんできたのは、タテハ先輩!?

 目をキラキラと輝かせて、満面の笑みを浮かべ、やや興奮ぎみの様子で、オレに一歩近づく。


「昆虫についての知識、すごかったよ! もう僕は、君しかいないと思っている」


 背中から嫌な汗が伝う。

 タテハ先輩の肩の向こうではオサム先輩が、企みに成功したと言わんばかりにニヤニヤとほくそ笑んでいた。


「『虫採り全国大会』。四人目のメンバーは君だ。カブト君!」


 後ろから「えぇーっ!?」と、形勢逆転したアゲハのうれしそうな声が聞こえる。

 まさか先輩方にはめられるとは。どこで間違ってしまったんだろう、オレは……。

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