3-02 オレはやらねぇ!

「アゲハ君、おはよう」

「アゲアゲ、やっほ~」


 アゲハを見た二人組はそれぞれに挨拶を返し、オレを見て興味深そうに首を傾げた。


「アゲハ君、その人は?」

「カーくん……あ、彼は土和どわカブトっていって、あたしの幼なじみです! さっき見つけて、採ってきたんです!」

「待て、アゲハ! オレを虫みたいに言うんじゃねぇ!」


 叫びながら、アゲハの手を振りほどいた。それでもアゲハは人の話を聞いていないみたいで、そでをつかんでブンブンと振ってくる。


「カーくん、久し振りだね! 一年ぶりくらい? 背、伸びたね? この近くに住んでるの?」

「アゲハ、落ち着け! てか、カーくんって言うのはやめろ。オレ、いちおう年上なんだからな」

「じゃあ、カーさん?」

「オレはお前の母さんじゃねぇ!」


 ツッコミを入れて、もう一度手を振りほどいた。

 アゲハはおかしそうにケラケラ笑って、過去を思い出したように懐かしげな表情を見せる。

 すると、アゲハの横に、眼鏡をかけた男子がやってきた。確か、タテハ先輩って呼ばれていたな。


「ごめんね、カブト君。突然アゲハ君が連れてきてしまって。実は、僕らは今、困っているんだ。力を貸してくれるとうれしいんだけど」

「困ってるって、なににっすか……?」


 もうすぐ開催される「虫採り全国大会」の出場人数は一チーム四人。このままだと、大会に出場できなくなってしまう。という状況はチラシを見たからすでに知っていたが、言うとまるでオレがそれのために来たと思われてしまうから、黙っておく。

 案の定、タテハ先輩は思っていたことをそのまま説明し始めた。


「――というわけだから、もう一人、メンバーに入ってくれる人を探していたんだよ」


 そう言って、笑顔を浮かべる。なんか、ずっとヘラヘラと笑っていて、あんまり好きになれねぇな、この先輩。


「カーくんとは、小学生の頃にいっしょに虫採りしてて、それに、すっごく虫に詳しいんですよ! 絶対、戦力になります!」


 アゲハがオレとタテハ先輩の間に入って、身振り手振りを交えながら熱弁を繰り広げる。

 オレは咳払いをひとつして、アゲハに言ってやる。


「アゲハ、昔、言っただろ? オレはもう、虫に興味はなくて、虫採りもやめたって」


 振り返ったアゲハは、「えー」と声を漏らし、両手を合わせて詰め寄ってきた。


「お願い! あとでプレゼントあげるから!」

「オドリバエみたいなことされても、オレはやらねぇからな」

「だったら強引に連れていって使役する!」

「サムライアリかよ。クロヤマアリみてぇな奴隷にはならねぇからな」

「だったら内側から意のままに操って……」

「オレはハリガネムシに寄生されたハラビロカマキリか! あーもう、やらねぇって言ってるだろ!」


 声を強めて言うと、アゲハはビクンッと肩を震わせた。悲しそうな表情でこっちを見つめ、がっかりしたように顔を伏せてうなだれる。

 一年前も、同じような顔をしていたな……。不意に記憶が呼び戻されて、それを振り払うように首を振って、オレはきびすを返した。


「とにかく、オレは虫採りなんてしません。他を当たってください」


 先輩方にも言って、歩き出そうとした。

 一歩足を前に出した瞬間、右の手首をつかまれる。

 慌てて振り返ると、アゲハがうつむいたまま、オレの手を握っていた。


「だったら、勝負して……」

「……はっ?」

「あたしと勝負してっ!」


 顔を上げ、キッとこちらをにらみつけるアゲハ。

 わけがわからず、オレは足を止めたままその場でまばたきを繰り返す。


「カーくんが勝ったら、カーくんの好きにしていいよ。でも、あたしが勝ったら、大会に出場してもらうから!」


 真剣な眼差しを向けながら、アゲハは言い放った。

 ようやく状況をのみこめたオレは、頭をかいて、ため息を吐く。


「勝負なんか……」

「やるまで絶対に、手、離さないから!」


 拒否権なんかないらしく、腕を両手でギュッと握ってくる。ほおを膨らませて、こっちを見上げてくる。

 昔から、頑固で負けず嫌いなところは変わらねぇな……。にらんでくる視線から目をそらし、はぁっと、もう一度ため息を吐いた。


「わかったよ……」


 言った瞬間、アゲハの表情がパァッと雲の晴れるみたいに明るくなった。オレから手を離し、「やったー!」とその場でジャンプを繰り返す。


「で、どんな勝負するんだ?」


 訊くと、アゲハは跳びはねるのをやめて、こっちに振り返った。


「あっ、どうしよっか?」

「考えてねぇのかよ……」

「虫の早採り勝負にしようかな? どの虫がいい? アゲハチョウ? アカタテハ? それとも、オオゴマダラ?」

「大会が始まるまでに採ってる時間なんてねぇだろ。そもそもオオゴマダラは南西諸島のチョウでここにはいねぇし」

「あっ、そっか。だったら……」


 そう言いかけて腕を組み、うんうんとうなり始める。勝負しろって言っておきながら、なんにも考えてなかったんだな。後先考えないところも、昔と変わっていない。


「フッフッフ、だったらこのボクが、とっておきのバトルを用意してあげるよ~」


 と、不意に横から声が聞こえた。

 今まで黙っていたネコ耳の子どもが肩を揺らし、口を弓なりに曲げている。確か、オサム先輩だったか。小さな子どもにしか見えないけど、先輩なのか?


 先輩はだしぬけにポケットから赤いボタンを取り出して、それをポチリと押す。


 ふと頭上を見ると、なんの変哲もなかった青い空に、二つの点が現れる。どんどんと近づいてくるそれは、大きな赤と青のボックスだった。オレたちのすぐそばに、ドンッと落ちてくる。


「……は?」


 巻き上げられる風に服を揺らされながら、口をポカンと開けてあっけにとられる。

 そんなオレをよそに、オサム先輩はどこからともなく取り出したマイクを片手に叫んだ。


「さ~ぁっ、始めるよ! 昆虫クイズ大会っ!!」

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