第三話 アゲハVSカブト
3-01 再会は突然に
初夏の日差しが降り注ぐ、梅雨の晴れ間。
とある歩道の一画に、肩からカバンを提げて歩く一人の女子がいた。なにか用事の帰りか、それとも今から行くところなのか、特に注意を払うことなく前を向いて歩いていく。
そんな彼女の目の前に、突然、一人の男子が立ちはだかった。
「ねえ、君?」
白のワイシャツにジーパンというシンプルの格好をした彼は、ニコッと笑みを浮かべる。
女子は驚いたように立ち止まり、一歩後ろへ足を下げた。
「昆虫に興味はあるかな?」
女子の足が、さらに一歩後ろへ引く。
その様子を気にもとめず、男子は彼女に歩み寄り、距離を縮めて話を続ける。
「実は今日、近くで『虫採り全国大会』が開かれるんだ。昆虫に興味があるなら、いっしょにどうかと思ってね。もしも仲間に加わってくれるのなら、いいこと、してあげるから」
話し方こそ丁寧だが、笑顔を貼りつけた顔がグイグイと近づいていく。女子は変な汗を流しながらあとずさるが、背中に建物の壁が当たり、とうとう追い詰められてしまった。
ドンッと、顔の真横に手が当てられる。
「どうかな? 受けてくれたら、うれしいんだけど」
壁ドンをして逃げ道をふさぎ、有無を言わせない笑顔を向けて、問いかける男子。
あわれな女子はおびえたように肩を震わせていて、涙目になっている。
男子が確認を取るように、笑顔のままカクンッと首を傾げた。
その一瞬のすきを突くかのように、女子は彼の腕をくぐり抜ける。
「ごごごごご、ごめんなさーーーーいっ!」
震えた声で叫びながら、全速力で逃げていく。そうとう怖かったんだな。トラウマになってないといいけど……。
ポツンと取り残された男子は、壁に当てていた手を離して、あごの下にそえた。女子の行ったほうを見つめながら、不思議そうに首を傾げる。
「おかしいな。どうして上手くいかないんだろう?」
「あれで上手くいくわけないでしょ? どう見ても~」
男子の後ろから、別の声が聞こえた。
振り返ると、ネコの耳を頭につけたような髪型の子どもがジトッと彼をにらんでいた。背中にはパンパンに膨らんだリュックを背負い、手には伸縮が自在にできる虫採り網を握っている。
「オサム君。持っててくれてありがとう。でも、アゲハ君は同じような話し方で虫研に入ってくれたよ?」
虫採り網を受け取りながら、男子は納得のいかないように言葉を零した。
「それはアゲアゲだからだよ~。それよりどうするの? もう大会始まっちゃうよ~?」
「困ったね。もっと早く見つかると思っていたんだけど……。どうしよう、オサム君?」
「フフフフ、じゃあボクが、こんなこともあろうかと用意しておいたトリモチで……」
「トリモチは鳥獣保護法で禁止猟具に指定されているから、使わないほうがいいと思うよ」
「えぇ~っ!? でもそれは鳥の狩りに関してでしょ?」
「虫採りに使う時もあるけれど、採った個体の翅や体を傷つけてしまうから、オススメできないんだ。というかオサム君、今、人に対して使おうとしていたよね……?」
なんて、のん気に話しているけど、大丈夫なのか、あの二人……。
「つーか、アゲハはどこにいるんだよ……?」
オレは曲がり角から顔だけを出して、キャップを目深にかぶりながら辺りを見回した。
ここは、「虫採り全国大会」がおこなわれる会場の近くにある路上。朝からバスに乗ってここまで辿り着いたオレは、以前アゲハといっしょにいた二人組を見つけて、こうして様子を見ている。言っておくが、仲間に入れてほしいわけでは断じてない。ただ……、あれだ、アゲハを気にして……。いや、アゲハが気になるってわけじゃないんだが……。
「うわぁー、遅刻だーっ! タテハ先輩たち、待ってるかなー!?」
不意に後ろから声が聞こえた。ドキリと心臓が高鳴って、振り返る。アゲハが左手に虫採り網を持ち、右手に持ったスマホを見ながら、こっちに向かって走ってくる。
あいつ、なんでこの道からやってくるんだよ!? てか、ながらスマホは危ねぇだろ!?
「きゃっ!?」
「どわっ!?」
かわす間もなく、オレとアゲハはぶつかった。
オレは仰向けに倒れ、アゲハはオレの身体にかぶさるようにしてうつ伏せに倒れる。
「いたたたた……」
長い髪が、首筋をくすぐる。高い声が、鼓膜を揺らす。昔よりも少し大きくなった身体が、オレの身を圧迫する。
「あっ、ご、ごめんなさい!? 大丈夫ですか!?」
アゲハはやっとだれかにぶつかったことがわかったのか、ハッと身体を起こして謝ってきた。
一方のオレは、やけに速く波打つ心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。熱くなったほおを隠すようにして、キャップをかぶり直そうとした。けど、あれ……? キャップがない? 押し倒された時に、飛んでいったのか!?
「カー、くん?」
その時、アゲハのつぶやきが耳に入った。
オレはぎこちない動作で、顔をあげた。アゲハがまるで、オオムラサキを見つけた時みたいに目をキラキラさせながら、こっちを見ている。
「やっぱり、カーくんだ!」
次の瞬間、グッと身体を寄せてきて、カマキリ並みの速さで腕を広げ、抱きついてきた。
「ちょっ、アゲ、ハ……!?」
「カーくん! 会いたかった!」
身体が熱い。顔も熱い。耳まで熱い。アゲハがきつく身体を抱きしめていて、逃れる術がない。まるでニホンミツバチの熱攻撃にあうスズメバチみたいだ。このまま熱に冒されて死んでしまうのかと思っていたら、突然アゲハは腕を解き、今度は右手をつかんできた。
「来て!」
叫ぶと同時にオレを無理やり立たせて、走り出す。
熱に冒されかけたオレは、まるでジガバチに麻酔を打たれたイモムシみたいになって、ふらふらと引っ張られていく。って、待て待て。虫っぽいなって思っている場合じゃねぇ。このままだと、オレ、虫採りに付き合わされちまう!
「タテハ先ぱーい! オサム先ぱーい! すっごくいい人、連れてきましたー!」
「ギェーーーーー!?」
エゾゼミのような悲鳴をあげる隣をよそに、アゲハは嬉々とした声で、二人組のもとへと駆けていった。
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