2-04 Gの恐怖
「ア、アゲハ君!?」
「いやぁぁぁぁああああああああああああっ!!」
タテハ先輩がなにか言った気がしたけど、あたしはそれどころじゃない! 顔をブンブン振ると、ゴキブリ型ロボットはサッと
カサカサカサ、カサカサカサカサカサ……!
目の前で縦横無尽に動き回る。その動きはまさに、ゴキブリそっくりだ。
あたしは顔を引きつらせながら、一歩、後ろへ足を下げた。
その瞬間、ゴキロボが足もとでピタリと動きを止める。なんだか、あたしを見ているみたい……。そう思ったら、突然動き出し、こっちに向かって突っ込んでくる!?
「だからいやだってぇぇぇぇええええええええええええっ!?」
あたしは後ろに振り返り、全速力で逃げた。
草むらをかきわけ、木々の間をすり抜け、生い茂る枝をくぐり抜け、辺り一帯を駆け回る。けれどもゴキロボは、あたしの後ろをぴったりとくっついてくる。
「アゲハ君、落ち着いて! 向かってくるのなら、そのまま手でつかめば、」
「先輩、本気で言ってるんですか!?」
泣き声になりながら、あたしは叫んだ。
クモが苦手で手に乗っただけでびっくりしていた先輩ならわかるでしょう。ゴキブリを素手でつかむなんて、あたしには絶対にできない!
あぁ、昔の記憶が思い出される。家のリビングに座っていた時、なにげなく手を後ろの床についたら、サッとその甲に乗って通り過ぎていったあの感触。廊下の角を曲がった瞬間、頭の上に落ちてきたあの衝撃。食べようとして机の上に置きっぱなしにしてしまったケーキの上に乗っていた、あの黒褐色の影……!
『アハハハハ! 逃げても無駄だよ~? ずっと追いかけちゃうよ~?』
ドローンから楽しそうな声が聞こえてきた。もしかしてこのゴキロボ、オサム先輩が操作しているのかな。まるであたしをもてあそんでいるみたい。
「アゲハ君、がんばって! これを採れば、君の勝ちなんだから!」
あたしの中に、悔しさが込み上がってくる。タテハ先輩の声援も受けて、再び心の中の虫採り魂に火がついた。
落ちていた虫採り網を拾い上げ、ゴキロボと対峙する。手が震えちゃうけど、足もとでグルグル回っているゴキロボをキッとにらみつける。
あと一匹。これさえ採れば……! 心を奮い立たせ、網を横へ振り払う。
「
頭上を網がかすめて、ゴキロボは驚いたみたいにピタリと動きを止めた。そのすきに上から下へと網を振り下ろす。
「……やった?」
ゴキロボはねらいどおり網にかぶせられた。あたしはそのまま、心の中でガッツポーズをつくろうとした。
と、その時。
『それはどうかな~?』
頭上から、冷笑が響く。
「えっ?」
あたしはドローンを仰ぎ、視線をかぶせた網へと戻した。すると、網と地面の間から、長い触角を持った頭がひょっこりと顔を出す。
『ゴキブリの特徴その一、
ゴキロボは網と地面の間をすり抜けて出てきてしまう。
だったら、横からすくい採れば……。網を脇腹に据えて、意識を集中させる。
「必採技、居合いの舞!」
ゴキロボが射程距離に入った瞬間、地面すれすれに網を振り払う。
けれども網が触れる寸前、ゴキロボはサッとUターンして身をかわした。
『ゴキブリの特徴その二、素早い反応速度! 空気の流れを「気流感覚毛」で感じとり、敵の存在を察知して逃げることができる! その速度、わずか〇.〇二二秒!』
そんな、必採技が通じないなんてっ!?
あたしは続けて何度も網を振った。でもゴキロボは、先を読んでいるかのように網の軌道をかわしていく。
そして、くるりと方向転換したかと思ったら、またもあたしに向かって突っ込んでくる!?
『ゴキブリの特徴その三、俊敏な動き! 一秒で体長の五十倍の距離を走ることができる! 人間の大きさで換算すれば、なんと時速三百キロ!』
「いやぁぁぁぁああああああああああああっ!!」
あたしは悲鳴をあげ、追いかけっこが再開される。
「ゴキロボ『
『そうだよ~。チャバネゴキブリやクロゴキブリと並ぶ、屋内害虫の代表種だね。本物には及ばないけど、性能を極限にまで高めてあるんだよ~』
タテハ先輩がなぜかうっとりしたように、ゴキロボを眺めながら話しだす。
「ちなみに、日本ではゴキブリの仲間がおよそ五十種いるといわれている。屋内に入り込む種はわずか一割程度で、ほとんどは森や洞窟の中にいて、朽ち木などの有機物を食べて暮らしているんだ」
『オオゴキブリとか、モリチャバネゴキブリとかだよね~。嫌われ者のゴキブリだけど、森の分解者として、大切な役割を持ってるんだよ~』
「その姿形もいろいろあってね。日本の南西に生息しているサツマゴキブリは三葉虫みたいな形をしているんだ。八重山列島には日本一美しいゴキブリと言われるルリゴキブリがいるよ」
『海外には、もっと個性的なゴキブリがいるよね~。ペットとして人気な
「そうだね。マダガスカルゴキブリとか、グリーンバナナゴキブリとか……」
って、あたしが必死に逃げ回っている間に、息ピッタリにレクチャーを繰り広げる二人……。
「ゴキブリゴキブリ言ってないで、助けてくださいよぉぉおおおおおおおお!!」
ついつい泣き言を叫んでしまったけど、タテハ先輩はネットにからまって動けないし、オサム先輩はドローンからの声しか聞こえないからどこにいるのかわからない。
「あっ、ごめんね、アゲハ君。つい、オサム君といる時のくせで……」
タテハ先輩がハッと我に返って、ほおをかきながら謝ってくれる。思えば、タテハ先輩はあたしに出会うまでは、オサム先輩と二人で虫研の活動をしていたんだよね。付き合いはあたしよりもずっと長くて、きっと気心の知れた仲なんだ。
やさしい声に一瞬だけ慰められたけど、走りすぎて息はあがっているし、足は痛いし、心もくじけかけている。
『じゃ~さっ、降参しちゃえば~?』
そんな時、悪魔のささやきが、空から降ってきた。
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