2-03 囚われのタテハ先輩

 虫採り大会のチラシが、手から離れてどこかへ飛んでいく。

 タテハ先輩を捕らえたネットはそのまま持ち上がり、宙づりになってしまう。上を見ると、木の枝から縄が下がっていて、ネットの四つ角に結ばれていた。だれかがワナを仕掛けたみたいだ。


「タテハ先輩、大丈夫ですか!?」

「う、うん。僕は大丈夫だよ。でもなんだかクモに捕らえられたみたいだね……」


 タテハ先輩はひざを曲げて体育座りのような姿勢になりながら、こちらにほほえみを向けてくれる。けれどもその笑みはちょっと引きつっていた。


「待っててください。今、助けますから!」


 あたしは急いでネットの真下へ行き、持っていた虫採り網を伸ばす。うんと背を伸ばして腕も伸ばすけど、網の先はギリギリ届かない。


『アハハハハ! そんなことしても無駄だよっ!』


 突然、知らない声が響いた。

 あたしは背伸びをするのをやめて、後ろへ振り返る。


「だれ!?」


 けれども背後に、人の姿はない。

 ただ、目の前には、四つのプロペラを回しながら飛ぶドローンがあった。

 足もとを見ると、タテハ先輩が触れようとしていた段ボール箱のふたが開いている。もしかして、この中から出てきたのかな。


『ボクは小金こがねオサム! お前がタテぴーの言ってたアゲハだな! タテぴーを返してほしかったら、ボクと勝負しろっ!』


 ドローンから殺気立った声が聞こえてくる。真ん中にはカメラが付いていて、レンズの鋭い輝きがこちらに向けられている。


「ちょっと待って、オサム君? どうして僕は、こんなことに……」

『タテぴーは黙ってて!』


 後ろから聞こえてきた疑問を、ドローンがピシャリと退ける。


『さぁどうするアゲハ~? ボクに勝ったらタテぴーを好きにしていいよ? でも負けたら、二度とタテぴーに近づかないで!』

「ちょっ、ちょっと待って、オサム君? その賭けはいったい……」

『だからタテぴーは黙っててっ!』


 タテハ先輩の疑問は、またもはねつけられる。

 あたしは持っている虫採り網をギュッと握った。やさしい人だといいなと期待していた。けれども、戦いは避けられないみたいだ。


「わかりました」


 ゆっくりとうなずくと、後ろから「えっ?」というつぶやきが聞こえた。


「勝負です、オサム先輩! あたしは勝って、必ずタテハ先輩を助け出してみせます!」

「アゲハ君まで……。これでいいのかな……」


 後ろから不安な声が投げかけられるけど、あたしとドローンとの間ではバチバチと火花が散り、熱い炎がメラメラと燃え上がっていた。


『それじゃあ、ルールはこれだよっ!』


 ノリノリな口調で言って、ドローンは斜め後ろへ上昇していく。

 だしぬけに目の前の草むらが揺れだした。

 あたしは虫採り網を構え、息をのむ。


『ボクの作った虫ロボ、採れるかな~っ?』


 草むらから現れたのは、おもちゃみたいな小さなドローン。なぜかモンシロチョウのはねみたいなのがついていて、ひらひらと揺れている。

 もしかして、これが虫ロボ? これを採ればいいの?


「なーんだ、そんなの……」


 簡単だよ。そう思った矢先、またも草むらがガサガサと揺れ始めた。目の前だけじゃない。右も左も後ろも、周囲の草や枝葉が、いっせいに揺れ動きだした。


「アゲハ君、気を付けて!」


 タテハ先輩の言葉とともに、目の前を横切ったのは、カマキリの形をした虫型のロボット。さらに、草原からバッタのようなロボットが飛びだす。頭上にはチョウやガの翅をつけたさまざまな色のドローンが飛び交い、木の幹にはセミのようなロボットがミンミンと鳴り始める。


『全部で百匹だよっ! さぁ~てっ、採れるかなっ!?』


 一瞬にして、辺りは百匹の虫ロボに埋め尽くされた。

 タテハ先輩がネットを握りしめ、心配そうにこちらを見つめる。

 あたしは虫採り網を握りしめた。さやにしまうように腰の横に据え、意識を集中させる。


必採技ひっとりわざ、居合いの舞!」


 バッと網を振り、目の前に飛んできたバッタ型のロボットを採る。

 あたしはそのまま網を、上空でホバリングするドローンに向け、口角をあげた。


「受けてたちます! 百匹だろうが千匹だろうが、必ず採ってみせますよ!」


 そう宣言して網を振り、飛んでいたガ型ドローンを採る。続けて後ろへ身体をひねり、振り向きざまにハチのような模様をした小さなドローンを捕まえる。

 網に入った虫ロボたちは、スイッチが切れたのか、動かなくなっている。手近にあった段ボール箱の中へ入れて、近くの葉が揺れたからすかさず網をかぶせてカミキリムシ型の虫ロボをゲット。続けて木の幹で鳴いていたセミ型の虫ロボをキャッチ。


「すごい……すごいよ、アゲハ君!」


 タテハ先輩が感嘆の息を漏らした。

 だってあたしは、先輩を助けたいから。まるでとらわれたお姫様を救い出す勇者みたい。網を振り、現れる刺客の虫ロボたちを倒していく。

 それに、あたしにはこの、お父さんから託された虫採り網がある。これさえあれば、なにも怖くないんだから!


「はぁあああっ!」


 舞うように身体を踊らせながら、次々に虫ロボを採っていく。

 あたしは再び虫採り網を、さやにしまうように腰の横に据えた。前方で行ったり来たりするトンボの翅をつけたドローンがある。意識を集中させて、目の前にやってきた瞬間、網を横に振る。

 けれどもトンボ型ドローンは、ひらりと上昇して網の軌道から外れた。すかさず虫採り網を振り上げ、そのまま振り下ろす。


「必採技、十文字斬り!」


 十文字斬りとは、一度、横一線に網を振って虫をひるませた後、上から下へと振り下ろす技だ。

 ねらいどおり網の中には、トンボ型ドローンが入っていた。


「どんどんいきますよ! 待っててくださいね、タテハ先輩!」


 こうして、あたしは虫ロボをひたすら採り続けた。

 虫ロボはみるみるうちに数を減らしていく。

 勝負を仕掛けられてから一時間半くらいが経っただろうか。あたしは息を整え、汗をぬぐいながら、周囲を見回した。


「もう全部採ったかな?」


 辺りはしんと静まり、気配がしなくなった。あたしは虫ロボの亡骸が積まれた段ボール箱に、さきほど採ったチョウ型のドローンを入れる。

 ネットの中から、タテハ先輩が言う。


「僕の数えた限りでは今、九十九匹目だった。あと一匹採ればアゲハ君の勝ちだよ」

「ホントですか!? これなら楽勝です!」


 あたしはその場で跳びはね、虫採り網をくるくると回す。

 正直言ってこのロボットたち、大きくてねらいが定まりやすく、動きも鈍くて採りやすかった。いつも本物の虫たちを追いかけているあたしにとっては、物足りないくらい。それに、ドローンの虫ロボなんて、みんな翅っぽいものを取りつけただけで、本物とは比べものにならない。

 まるで……。


『ふぁ~あ。あれ? ザコはもう全部採れたんだ。なかなかやるじゃない?』


 突然、虫採り網の届かない上空で飛んでいた大きなドローンから声が降ってくる。まるで今まで居眠りしていたみたいに寝ぼけた言い方だ。

 そんなことよりも、『ザコ』? やっぱり、今までがんばって採った虫ロボたちは、全部弱い戦闘員だったんだ。


『九十九匹は僕の作った試作品や失敗作なんだよね。で~もっ、一匹だけ、完ぺきな完成品が混じってるんだけど~』


 ニタニタと笑みを浮かべているような声が聞こえる。

 その時、背後の草むらがカサカサと揺れた。


「そこだ!」


 あたしは振り向きざまに、網を草むらにかぶせる。その瞬間、網と草のすきまから小さな影が飛び立ち、あたしの顔面に向かってきて――!?


『さぁ~てっ、ラスト一匹、ボクの作った最凶虫ロボ「グレイト」は採れるかなっ!?』


 ぴったりと顔にくっついた虫ロボ。

 至近距離でその姿はわからないけど、飛んでくる時に一瞬見えた。平べったくて黒褐色の体に、長い触角、トゲトゲの毛が生えた脚。よく家の中で発生する、害虫……。

 あたしは飛び上がり、虫採り網をそら高くに放り投げた。


「ぎゃぁぁぁぁああああああああああああっ!?」


 あたし、虫は大好きだけど、ゴキブリだけは大の苦手ーっ!!

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