第5-5話 島国の事情とのんびりマーメイド(後編)

 

「もしもし、大丈夫ですか? ウチのレイルが失礼コイたみたいで……」


 オレの着替え (意味深)を見て目を回してしまったマーメイドの少女を介抱するフィル。


 ウチのレイルって……ペットみたいな紹介をしないで欲しい……いやまて、むしろアリなのか?


 いつも通りな二人は部屋に戻り、ふたりきりになった途端豹変する。

 オレは床にひざまずき、差し出されたフィルの足を……。


「お~い、レイル、戻って来いって」


 べしっ!


 邪悪な妄想に沈みかけたオレを、ロンドのツッコミが現世に引き戻す。


「それにしてもこの子……なかなか見事な胸部装甲を……もとい、見たことのない子だな?」

「ボクはここのリゾートで働いている子を全部覚えてるけど……この子はいなかったぞ」


 全員覚えてるとかさすがだな……ていうか仕事しろよ。

 ブレない親友に呆れ半分感心半分なオレ。


 リゾートの従業員じゃないのか……それに彼女が言っていた”テニアンの海を汚す不届きもの”という言葉が気になる。

 詳しく事情を聞いてみるべきだろうか……オレが思案していると、彼女が目を覚ましたようだ。


「……はっ!?」

「あれっ? ここは~?」


「うおおっ!? アクア大ピンチです~、倒すべき敵に捕まってしまうとは~……ああ、このままではマグロのように出荷されてしまいます~アクアはお魚ではありません~」


 ぱちりと目を開けるなり、オレたちに囲まれていることに気づいたのだろう。

 盛大に混乱するアクアとか言う少女。


 口調はあくまでのんびりなので切迫感はないが……。


 まいったな、事情を聞くにも落ち着かせた方がよさそうだ。

 いまだにわたわたと頭を抱えているアクア。


 オレはひとつ思案すると、きゅぴ~んとフィルに念を送る。


「!! 合点承知ですわ、レイル!」


 オレの意図を正確に汲んでくれたのだろう、ぐっと親指を立てるフィル。


 彼女はどこからともなくカスタードシュークリーム (薄皮)を取り出すと、空高く掲げ、堂々と宣言する!


「脳に糖分が不足していますと、正確な判断が出来なくなってしまいます!」

「さあ、正気に戻るのです! お嬢様スイーツケア!」


 別に何かのスキルが発動するわけではないが、謎の技名を叫んだ後、そのままの勢いでシュークリームをアクアの口にぶち込むフィル。


「むぎゅぎゅっ!?」


 突然の蛮行に目を白黒させるアクア……しかし、クリームが咀嚼されるにつれ、彼女の瞳に理性の光が戻っていき……。


「アナタたちは……アクアの敵じゃ、ない?」


「そうです! 分かっていただけましたか!」


「よし、流石だフィル!」


「……いやいや、そうはならんやろ……」


 常識的なロンドのツッコミは、乾いた夏の風に吹かれ、流されていった。



 ***  ***


「なるほど……リゾート施設の警備を指示された冒険者の方と、そのお友達でしたか~」


 糖分補給 (強制)で落ち着いたマーメイドの少女とオレたちは、岩陰で情報交換を行っていた。

 少し前に建設された巨大リゾート、オレを襲った経緯も含めて、背景が気になったからだ。


「実はあのリゾート、半年ほど前に急に建設が決まったんです~」

「作ったのは良く知らない外国の巨大企業なのですが、建設場所がアクアたちマーメイドの住みかと重なっていまして」


「もちろん、長老をはじめアクアたちは断固反対で、テニアン王国の王様も同調してくれていたのですが~」


 眉をハの字に下げ、悔しそうに語るアクア。


 確かにマーメイドは地上では動きが鈍くなるので、基本浅い海で過ごす。

 水中呼吸の能力もあるので、海中に家を建てている者も多いらしい。


 ただ、リゾートで働いているマーメイドたちからは、そのようなリゾートに反対する空気は感じられなかったのだが……。


「ある日、企業の社長を名乗る、嫌味な男がやって来て……アクアはその時、数人の仲間と国外に出ていて不在だったのですが……帰ってくると王様も含め、みんなが賛成派に変わっていたんです~」


 むぅ……彼女の口調はのんびりだが、表情はハッとするほど真剣で……ウソを言っているようには思えない。


 確かに、多少金を積まれたとしても様々な亜人が住み、たぐいまれな善人として知られるテニアン王国の王様がそんな風に急変するのはおかしい。


「う~ん、催眠系のスキルか?」


「ただそんなに大勢へ催眠効果を発揮できるスキルとか聞いたことないけど……ロンド、心当たりがあるか?」


 オレは現役冒険者であるロンドに確認する。


「……いや、ボクも心当たりはないな……催眠系のスキルは規制が厳しいし、一国の王様となれば、そっち系のスキルには対策しているのが普通だと思うね」


 オレの問いに首を振りながら、さりげなくアクアの肩を支えるロンド……くっ、これがモテ男ムーブかっ?


「わたくしもいくつかの魔術に心当たりはありますが、いずれも高度な魔術……多少失礼な言い方になりますが、ミドルランドの方々に使えるとは思えません」

「ただ、先ほどからあの魔法装置から妙な魔力を感じるのが気になります」


 フィルでもダメか……ただ、彼女は入江の真ん中に設置されている造波用の魔法装置が気になるようだ。

 しきりにそちらの方を見ては、長い耳をピコピコさせ、首をひねっている。


 アクアもフィルがエルフの血を引く人間だと気づいたようだ。


「アナタは……エルフさん?」

「エルフさんならあの魔法装置の異常さの理由が分かるかも~」


「あの、ちょっとついて来てくれませんか?」


 アクアはそう切り出すと、目を輝かせながらフィルの手を引く。


「はい、それは構いませんが……」


 なにかあるのだろうか?

 オレたちは、早く早くと急かすアクアに連れられて、入江の真ん中にある魔法装置へと泳いでいった。

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