019 住む場所が決まりました



「――へぇ、島の外から来たのか。そりゃ珍しいこともあるもんだな!」


 突如降り立った鷹の魔物。エンゼルから簡単に説明され、特に疑う様子もなく笑顔を見せてきた。


「オレはガトー。ヨロシクな、アレン、ディアドラ!」

「う、うん……」

「こちらこそ、よろしくお願いするわ……」


 アレンとディアドラが引きつった表情で答える。そんな二人の様子を、ガトーはしばし見つめていた。

 魔物からジッと視線を向けられれば、当然二人も居心地は悪くなる。


「あ、あの、何か?」

「いや、オマエたちって、ホントに大丈夫なのかなーって思ってよ」


 その反応に、二人は何も言えなかった。

 当然と言えば当然だ。自分たちは外から来た余所者。相手が警戒してくるのは、むしろ普通だろう。

 そんなことを考えながら、アレンたちが気まずそうにしていた時だった。


「むー! がとー! あれんたちをにらまないでよ!」


 アレンに抱きかかえられているクーが、抗議の声を上げる。その瞬間、睨むも同然の表情を浮かべていたガトーは、きょとんと目を丸くしてしまった。


「え? あ、いや、その……」

「あれんたちはわるいひとじゃないもん! ぼくがほしょーする!」


 ふんす、とクーが鼻息を鳴らす。まさにそれは、根拠のない自信を抱える小さな子供そのものであった。

 ガトーもそう思ったのだろうか――


「ぶっ……あははははっ♪ そーかそーか。そりゃオレが悪かったな、ははっ」


 思わず吹き出し、大きな声で笑い出すのだった。

 アレンとディアドラは、ただただ呆然としていた。ガトーもそうだが、まさかクーが真っ向から反論するとは思わなかったのだ。

 愉快そうに笑い続けるガトーを、クーは不機嫌そうに睨み続けている。


「むうぅーーっ!」

「あはははは……あぁ、ワリィワリィ。あんまりにも驚いちまったもんでよ」


 驚いたらあんなに笑うのか、とアレンは心の中でツッコむ。警戒していた表情から完全に一転しており、どう捉えればいいのか、全く分からなかった。

 それはディアドラも同じくであった。

 余所者は島から出ていけ――そう言われるのかもしれないと思っていたが、クーの言葉でそれは覆された。

 まさに鶴の一声。別の意味でディアドラは驚きを隠せなかった。


(あんな小さな子が……それだけ大きな存在だということなのかしら?)


 同時に、ディアドラはひっそりと顔をしかめる。

 自分に対して軽く嫌悪感を抱いたのだ。

 無意識な形で、クーをただの小さな子供同然の存在だと――ようするに『下』として見ていたのだと。


(人は見た目に寄らない――これまで私も、たくさん経験してきたのにね)


 それは魔物も同じなのだと分かった。所詮は単なる若造。まだまだ知らないことが多すぎる。

 世界は広い――それをまだまだ認識しきれていなかったのかもしれない。


「ディアドラ? どうかしたの?」

「え……うわぁっ!」


 アレンの声でディアドラは我に返る。目の前に彼の顔がいたので、思わず声を上げて驚いてしまった。


「いやいや、そんなに驚くことないでしょ」

「いきなり目の前にいたら驚くわよ!」


 ディアドラはツッコミを入れて気づいた。心配してくれたというのに、これでは殆ど八つ当たりではないかと。


(何やってるのよ私……あぁもう、嫌われちゃったかなぁ?)


 そしていきなり真っ赤な顔を背けるなり不安がるディアドラ。普段見せている堂々とした肉食獣とは、想像もつかない姿である。

 これが多くの男ならば、そのギャップに胸をときめかせていたことだろう。

 しかしそこはアレンクオリティ。ただ単に「どうしたんだろうか?」と首を傾げるのみであった。


「――まぁ、とにかく危険性はなさそうで安心したぜ。じゃあな!」


 そう言いながらガトーは、翼を羽ばたかせ始めた。


「アレン、ディアドラ。落ち着いたらオレともゆっくり話そうぜーっ!」


 ガトーは颯爽と飛び去ってゆく。あっという間に現れて、あっという間に去っていった印象となった。

 嵐が過ぎた、というほどではないが、急に静かになった感じはとても強い。


「やれやれ、やっと騒がしいのがいなくなったわい」


 エンゼルもガトーが去って行った方向を見上げながら、小さなため息をついた。そしてふと思い出したような反応を示す。


「そういえばワシも、お前さんたちの旅の事情を、詳しく聞いておらんかったな」

「旅の事情?」

「うむ。なんでも住む場所を探しているとか……もし良ければ、話せる範囲で構わんから聞かせてくれんかのう?」

「僕は別にいいけど……」


 アレンがディアドラに視線を向けると、彼女もニッコリと笑う。


「私もいいわよ。折角だし、私たちの話せることは全部話しちゃいましょう」


 下手に隠すと怪しまれるだけだと思った。それなら全てをさらけ出したほうが、より信用も得られるだろうと、ディアドラは判断したのだった。

 なにより二人して、隠すようなものは殆どなかった。

 故にこれまでの経緯も、割とあっさり話せるだけ全て話してしまった。

 ディアドラのかつての立場から、アレンの故郷と幼なじみの存在、そして発生したスタンピードから二人が出会ったことも。


「――ふぅむ、そうじゃったのか」


 やがて粗方聞き終えたところで、エンゼルが深く息を吐いた。


「ディアドラが魔界を治めていた王じゃったとはのう。やけに堂々たる気品があるとは思っておったが……」

「あはは。今は単なる駆け出しの夫婦ですよ」


 穏やかな笑みを浮かべるディアドラに、強がりの類は一切見られない。本当に全ての立場を捨ててきたのだと、エンゼルは確信した。

 ヒトにはヒトの事情というものがある――エンゼルは改めて思い知らされた。


「ねぇねぇ、あれん! やっぱりあれんたちもこのしまにすもうよ!」


 するとここで、クーが声を上げてくる。アレンたちが見下ろすと、真剣な眼差しでまっすぐ見上げてきていた。


「すむばしょをさがしてるんでしょ? だったらここがいいよ!」

「ふむ。それはいいアイディアかもしれんのう」


 エンゼルも頷いた。あまりにもあっさりと受け入れる姿勢を見せたことに、アレンたちは軽く驚いてしまう。

 しかし次に放たれる彼の言葉で、納得させられることとなった。


「ワシとしても、下手にこの島から出ないとなれば、長としても都合がいい。お前さんたちのことを信用しているつもりじゃが、やはり安心感が違うでの」

「ねーねー。おじーちゃんもこういってるしさー!」


 クーに詰め寄られながら、アレンは考える。エンゼルの言うことは、実にもっともだと思っていた。

 この島の長としても、何かと都合があることは、分かっているつもりだった。

 なによりアレンたちにとっても、全くもって悪い話ではない。

 むしろ願ったり叶ったりとすら言えるかもしれない――そう思いながら、改めて軽く島の環境を見渡してみる。


「確かにここなら、のんびりと暮らせそうだけど……ディアドラは?」

「えぇ。いいんじゃないかしら?」


 ディアドラも笑顔で頷いた。


「私が前から目星を付けていた場所もあったんだけど、この島も気に入ったし」

「じゃあ、僕たちもここに住まわせてもらおうか」

「えぇ。そうさせてもらえるかしら?」


 アレンとディアドラが長に視線を向ける。エンゼルはニヤリと笑い、そしてゆっくりと頷きを返した。


「良かろう。島の長として、お前さんたちを歓迎しよう」

「わーい、やったー♪」


 真っ先に喜びの声を上げるクーに、アレンとディアドラも顔を見合わせ、ニッコリと微笑んだ。

 新たな住人たちを歓迎するかのように、暖かな風が降り注いできた。


 一方その頃――帝国の勇者は、ある情報に対して大きな苛立ちを抱いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る