018 聖なる島の冒険
「せ、聖なる島っ!?」
驚きの声を上げるディアドラを、アレンがきょとんとしながら見る。
「知ってるの?」
「伝説と言われている島よ。本当にあるかどうかすら信じられなくなっていて、もう殆どおとぎ話の中だけの存在とされてるわね」
「ホッホッホ。外の世界ではそう言われておるのか」
エンゼルが愉快そうに笑う。純粋に驚いているのが嬉しい様子であった。
「ここが聖なる島であることを信じるか否かは自由じゃ。しかしディアドラよ、お前さんも何かを感じておるのではないか?」
「……えぇ。少なくとも、ただの島ではないとは思っています」
戸惑いながらディアドラは頷く。むしろ聖なる島と言われれば、合点がいく部分も多かった。
(そう考えれば更なる疑問も浮かんでくるけど……ここは後でもいいかしらね)
チラリとアレンを見ながらそう思う。そもそもアレンが気づかなければ、この島を発見することもできなかった。
しかしここでそこを考え出せば、きりがなくなってしまう。
今はただ、頭の片隅に留めておこう――ディアドラはそう思うのだった。
「――それにしても驚いたよ」
ここでアレンが、エンゼルに対して笑いかける。自然と撫でていた手も放し、メルキャットが少し寂しそうにしていたが、彼は気づいていない。
「まさか喋るスライムまで出てくるなんてさ」
「別に魔物がヒトの言葉を話せないルールなどあるまい。そこのクーも当たり前のように喋っておるじゃろうが」
エンゼルがメルキャットに視線を向ける。アレンも見下ろすと、ディアドラと同じように拗ねて視線を逸らしていた。
「クー、って名前なんだ?」
「なんじゃ。まだ自己紹介もしとらんかったのか。あれだけ懐いたのなら、名前くらい名乗らんかい」
「つーん」
目を閉じてそっぽを向くメルキャットことクーの姿に、アレンは苦笑する。
まるで小さな子供そのものだ。故郷の村にも似たような子はいたのを、今になって思い出してしまう。
ほんの少しだけ悲しそうな笑みを見せたが、すぐに普通の笑みに切り替わった。
「ほらほら、お願いだから機嫌直してよ」
「……しかたないなぁ」
渋々という物言いをしつつも、頭はしっかりとアレンに差し出している。お望みどおりのことをアレンがしてあげた瞬間、クーは再び「えへ~♪」と気持ち良さそうな声を出した。
「改めて……僕はアレン、こっちはディアドラ。よろしくね」
「くー、っていうの。ねぇねぇあれん、もっとなでて♪」
「はいはい」
再びクーの頭を撫でるアレン。柔らかな毛並みの感触が心地良く、思わず笑みを浮かべてしまっていた。
すっかり心を許してしまったクーは、そのままアレンに身を寄せていく。
「……なんかもう、飼い主とペットみたいな感じね」
少なくともディアドラの中では、もはやクーは野生の魔物ではなかった。人に慣れているのかと思って試しにそっと手を差し伸ばしてみるが――
「ふしゃー!」
嬉しそうではないどころか、むしろ威嚇してきた。そしてアレンの影に隠れ、力いっぱい睨みつけながら尻尾を振っている。
楽しい時間を邪魔するな――そう言わんばかりに。
「クー。ディアドラはいい人だから大丈夫だよ」
「やだもん! あれんじゃないとやだ!」
「ありゃりゃ……そっか」
ひとまず御機嫌を取り直そうと、アレンはクーの頭を撫でる。あれこれ言ったところでどうにもならない、まずは落ち着かせるべきだと思ったのだった。
ディアドラも、それほど落ち込んではいなかった。
小さな頭を撫でながらアレンが彼女に視線を向けてみると、気にしないでと小さく手を振る。アレンも苦笑を返していた。
そんな彼らの姿を、黙って見ていたエンゼルは、ふむと頷いた。
「アレン、そしてディアドラよ」
ポヨンと弾みながら、エンゼルが話しかける。
「ここで立ち話もなんじゃからついて来なされ。ワシがこの島を案内しようぞ」
◇ ◇ ◇
砂浜を後にし、ポヨポヨと弾みながら進むエンゼルに付いて行く形で、アレンたちは島の中を歩いていた。
緑が豊かであちこちに花も咲いており、心地良い風も吹いている。
歩いているだけで体が癒されていくようであった。
アレンもディアドラも、物珍しそうに見渡しながらも、その表情はとても穏やかな笑顔をしている。
「まさに最高の自然環境って感じだわ」
「全くだね」
ディアドラの感想に、アレンも同意する。
「山奥とはまた全然違うもんなぁ」
「へぇー、あれんってやまにすんでたのー?」
アレンの胸元から、クーが尋ねてくる。両手で優しく抱きかかえられており、すっかりその位置に収まっていた。
クーもしっかりとアレンの服に爪を軽く立てて捕まっている。
ここから離れるつもりはないぞという意思表示であり、アレンも嬉しそうにそれを受け入れていた。
「そうだよー。結構な高台に村があったから、暖かかったり寒かったりしてたね」
「ふーん。ここはずっとあったかいよ。だからさむくないんだよ」
「それはいいねぇ。僕はクーが羨ましいや」
「あれんもすんだらー?」
「えぇ? それはどうだろう?」
アレンとクーによる会話は、それはもう楽しそうに盛り上がっていた。完全にそこだけで世界が出来上がってしまっており、ディアドラの入る余地があるとはとても言えなかった。
しかし――今に限って言えば、割と好都合かもしれない。
そう思ったディアドラは、エンゼルに近づき、小声で話しかける。
「ねぇ、エンゼル。ちょっといいかしら?」
「構わんぞ。遠慮せずに何でも聞いてみるが良い」
「じゃあお言葉に甘えて――」
島の長であるエンゼルに、ディアドラは聞きたいことがあった。できれば邪魔が入らないタイミングで話したかったため、何気に訪れた絶好のチャンスを逃す手はないと思った。
心の中でアレンに感謝しつつ、絶妙に少しだけ彼らから離れた状態で話す。
「私たちがこの島に来れたキッカケはね……実はアレンなのよ」
「ほう! ワシはてっきり、お前さんのほうかと――」
「むしろ私だけじゃ、十中八九この島に来ることはできなかったわね」
ディアドラは海の上での出来事を話した。
自然と海竜の件も話すこととなり、エンゼルは大いに驚いたが、話の本筋とはあまり関係ないため、ディアドラもサラッと流してしまう。それはそれで興味深い話だとエンゼルが呟きつつ、彼女の話に耳を傾ける。
「――なるほど。そういうことじゃったのか」
そして粗方聞いたところで、エンゼルは納得だと言わんばかりに頷いた。
「海の上でアレンが感じたものは、間違いなく聖なる魔力による結界じゃろうて」
「やっぱり。私もおかしいとは思ってたわ。何もない海の上に、いきなり島が現れたも同然の現象だったもの」
「となれば考えられることは、自ずと一つになってくるのう」
エンゼルとディアドラが同時に視線を向ける。クーと楽しそうにじゃれ合っている一人の少年へと。
「アレンには『何か』がある――そう見て間違いないじゃろうな」
「ですよねぇ」
意見は一致したが、解決には至らないとも思っていた。話の流れからして、アレン本人の自覚は全くない形であり、全ての真相が判明するには、材料が圧倒的に足りていなさ過ぎる。
結局のところ分からないことだらけに変わりはない――ディアドラとエンゼルの中で結論付けられた。
その時――
「おーい、ジーサン! やっと見つけたぜーっ!」
軽快な呼びかけとともに、ばっさばっさと翼を羽ばたかせる音が聞こえる。見上げてみると、大きな鷹の魔物がゆっくりと降下してくるところであった。
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