011 そして、二人は夫婦になった



 ディアドラのお望みどおり、アレンはこれからのことを話すことにした。

 その上で彼女に一つだけ返事をしたところ、ディアドラは数秒ほど目を丸くし、やがて顔を真っ赤にして慌て出す。


「えっ! ホ、ホントに? 言い間違いとかじゃないわよね?」

「言い間違いでもなんでもないよ」


 アレンは苦笑する。これはもう一回言ったほうが良さそうだなと思い、改めて落ち着いた表情を出しつつ、はっきりとした口調で告げる。


「ディアドラからのプロポーズ、謹んでお受けします――ちゃんと聞こえた?」

「……はい」


 勢いのないか細い声で、ディアドラは頷く。そんな彼女の姿に、アレンは思わず呆けてしまった。


(こんな一面もあるんだなぁ……)


 これまで見せてきた、とことん押して押しまくる姿勢とは大違いであった。まさかこんなにしおらしい姿が見られるとはと、思わず感心してしまう。

 しかしそれはそれとして、彼女に言わなければならないことも色々とある。

 そう思ったアレンは、改めて姿勢を正した。


「まぁ、急に受けるのも変だと思うかもしれないから、一応僕なりの理由を話させてほしいんだけど――」

「あ、うん。それは私も聞きたかったわ。話してくれるかしら?」


 待ってましたと言わんばかりの勢いでディアドラが顔を上げる。その勢いに押されたのもあってか、アレンの中で少しだけためらいが生じてしまっていた。


「とは言っても、正直あまりいい言葉じゃないんだけどね……」

「別に構わないわよ。変に隠されるよりも、全てをさらけ出してくれるほうが、私としてはありがたいし嬉しく思うわ。だから遠慮しなくて大丈夫よ」

「……うん。そう言ってくれると助かる」


 アレンは心から安堵する。ディアドラの反応もそうだが、なにより自分の選択肢が間違っていなかったことが分かった。

 まだ出会って殆ど間もない関係ではあるが、ディアドラ相手に下手な隠し事は意味がないと、それだけはなんとなく感じていたのだ。彼女の言葉からして、恐らくそのとおりだったのだろうと思いつつ、アレンは意を決して口を開く。


「その……プロポーズを断る理由が思い浮かばなかったっていうのも、確かにあるんだけどね」

「それはそれで、私は別に構わないわよ? 返事としては嬉しいことだし」

「うん。でも一番に大きいのはそこじゃないんだ」

「というと?」


 きょとんとして首をかしげてくるディアドラに、アレンは小さく笑う。


「本当はね――僕が一人じゃ何もできないっていう点が、一番の理由なんだよ」


 アレンはこの十八年間、山奥の村から出たことは一度もなかった。外の世界を聞いたことはあれど、その目で見たことはない――つまり全てが『未知』そのものとも言えるのだ。

 正直、今はまさに右も左も分からない状態だ。

 おまけに戦う力を一切持っておらず、襲われるようなことがあれば、まず間違いなく生き残ることはできない。

 だからディアドラの存在が必要不可欠だと、アレンは思ったのだった。

 彼女の強さは本物だ。スタンピードをものともせず、重そうな剣を軽々と振り回すローマンを、軽く叩きのめしてしまった。

 頼もしいなんてものじゃない。

 一緒にいてくれたらこれほど安心できる相手はいない。

 そんな彼女が自分と『結婚したい』と宣言した。どんな狙いがあるにせよ、願ったり叶ったりではないかと思っていた。

 故に、アレンは返事をした。ディアドラからのプロポーズを受け入れますと。


「――とまぁ、実のところこんな感じなんだよね」


 粗方話し終わったアレンは苦笑する。我ながら失礼なものだと、笑わずにはいられなかった。

 チラリとディアドラを見ると、彼女はきょとんとしたままであった。

 そこにどんな思いが秘められているのかは想像もつかないが、ひとまずもう少し言いたいことを言っておこうとアレンは思う。


「現状、僕がこれから生きていくためには、ディアドラと一緒に行動する以外の選択肢はあり得ない。そのためなら結婚でもなんでもする。むしろ奴隷とかでなくて良かったと、軽く安心しているほどだよ」

「…………」


 ディアドラはまだ無言のままであった。流石に息苦しさを感じてならないが、自分が蒔いた種も同然だと思いつつ、アレンは頬を掻く。


「まぁその……ディアドラが望んでた答えとは、程遠いだろうけどね」

「――そんなことないわ」


 しかしディアドラから返ってきた声には、失望の類はなかった。アレンが視線を向けてみると、彼女はいつもの強い笑みを浮かべている。


「アレン。あなたの気持ちはよく分かったわ。ありがとう、本音を話してくれて」


 そしてニッコリと微笑んだ。偽りのない本当の嬉しさを出してきている。それは彼女本来の美しさも引き立てられており、アレンも思わず心が跳ねた。


「あら、顔が赤いわよ? もしかしてディアドラさんに惚れ直しちゃった?」


 ディアドラもアレンの反応に気づき、からかい全開の言葉をかける。

 しかし――


「え、あ、うん。まぁ……」


 アレンは視線を逸らしながらも、認めてきた。それが今度は、ディアドラの表情を赤くさせる。


「どうしてそこで素直に頷いたりするのよ? 年頃の男の子だったら、強がって誤魔化すものじゃないの?」

「いや、だって綺麗だと思ったのは、その……本当のことだし……」

「うぅっ! だ、だからねぇ~!!」


 ディアドラは声を上げるも、勢いはない。互いに顔を赤くして視線を逸らし、流れる空気は微妙ながらも、どこか暖かさを感じられていた。

 すると――


「あ、ところで、僕がさっき言ったことについては、本当に良かったの?」

「……また随分と急に話を戻してきたわね。まぁいいけど」


 はたと思い出したようにアレンが問いかけ、ディアドラも熱が冷めたかのように目が細くなる。しかしそれも、すぐさま呆れのため息によって解除され、しょうがないなぁと言わんばかりの笑みを見せた。


「私も正直に言わせてもらうけど、まさかあなたがオーケーしてくれるとは、思ってなかったのよね。むしろ手間が省けたって感じよ」

「手間?」

「そ。ここで何がなんでも、あなたに頷かせるつもりだったからね」


 ふふん、と得意気に笑うディアドラ。再び有無を言わさない強さが込められ、アレンも笑ってこそいるが、その口元は軽く引きつっていた。


「へぇ……そうだったんだ」

「うん♪ だから気にしなくて大丈夫よ。これから私のことを、本気で好きになってもらえばいいだけの話だもの」


 だからね――と、ディアドラはアレンに顔を近づける。それはもう、唇同士が触れる数センチ前の位置まで。


「私の全力をもって、あなたを振り向かせてみせるわ。手加減するつもりなんて全くないから、せいぜい覚悟しておきなさい!」


 そのニッコリとした笑顔からは、目を逸らすことさえできなかった。絶対逃がさないという無言の圧を感じ、アレンは力なく笑う。

 やはり自分は、とんでもない女性にプロポーズされたのだな、と。


「あ、でも、一つ問題があるんだったわ……」


 ディアドラは心から不服そうに、大きなため息をついた。


「私、ずっと魔王としての修行しかしてこなかったから、料理とかのスキルは、全然ない感じなのよ。狩りとかは得意なんだけどね」

「ならそれは、僕が引き受けるよ」


 アレンが声を上げる。口調や表情からは、明らかな嬉しさが滲み出ていた。


「料理や洗濯、掃除は勿論のこと、裁縫とかも得意だからね。毎日ディアドラに、美味しいご飯を食べさせるよ」

「ホントに? それは願ってもない話だわ!」


 心から嬉しそうな声を出すディアドラ。生きていくうえで食事は必須。サバイバル経験はあれど、やはり美味しさを追求したい気持ちは強いのだ。

 アレンの言葉に嘘がないことも分かる。

 やはり彼を選んだことに間違いはなかったと、ディアドラは強く思いながら、改めてアレンに手を差し出す。


「どうやら私たちは、いいパートナーになれそうね。これからよろしく頼むわ」

「こちらこそ。どうか一つよろしく!」


 そしてアレンも手を取り合い、しっかりと握手を交わし合う。

 夫婦というより、むしろ『相棒』の意味合いが強そうな形であったが、今の二人にとって、そこは些細なことでしかなかった。


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