009 突然のカミングアウト
ローマンは魔界の貴族だ。ディアドラとは同年代であり、親が魔界の王宮に勤めていることもあって、二人は子供時代からの顔見知りなのであった。
自然と二人が顔を合わせ、会話をすることも多くなる。
成長するにつれて磨き上げられていく彼女の美貌と才能に、彼が惚れこむのは自然の摂理と言えた。
「――しかしながら、物事がそう上手く運べば、苦労もしませんでしたね」
剣を突きつけたままピクリとも動かさず、涼しい笑顔のまま、ローマンはどこか気持ち良さそうな口調で語る。
目の前にいるアレンは呆然としており、ディアドラは忌々しそうに睨みつけているのだが、そんな二人の表情は全く見えていなかった。
「たとえ貴族と言えど、王族との身分の壁は実に大きいものでした。我が家もそれなりの実績を出してはおりますが、ディアドラ様と結ばれるには一歩及ばないと言わざるを得ません」
そんなローマンの言葉に、ディアドラは苦々しい表情を見せる。
「……たとえあなたに資格があったとしても、私がローマンを選ぶことは、断じてなかったと言えるわ」
「しかし、そんな僕にも大きなチャンスが訪れてきました」
「随分と華麗にスルーしてくれるじゃない」
ディアドラのツッコミなどまるで聞こえていないかのように、ローマンは誇らしげな表情を崩さない。
アレンはそんな彼の姿に、既視感を抱いた。
(なんかまるで、劇団の一人芝居を観てるみたいだなぁ……)
年に一度、山奥の村で催される祭りに合わせて訪れる劇団がおり、アレンも毎年その団員たちが繰り広げる芝居を見るのが楽しみだった。
今年は都合により延期だと聞かされており、見れていなかった。
珍しいこともあるもんだなぁ、と思っていたのだが、その理由もようやく判明したようなものだ。
少しだけ寂しい気持ちはあるが、それも致し方ないことだと割り切っている。
あくまであの村で見れなくなるだけ。いつか別の場所で、またあの劇を見れる日が来るかもしれない――そう前向きに考えねばと、アレンは思っていた。
「――追放されたあなたを、僕は妻にしようと動き出した! しかしあなたは既に魔界を飛び出し、姿をくらませてしまっていた!」
何故か大きく張り上げてくるローマンの声に、アレンは我に返る。まだ剣を突きつけたままなのかと、思わず呑気に感心してしまっていた。
(剣、ってかなり重いもんだよね? あの長さなら相当だと思うんだけど……)
もはやアレンの耳には、ローマンの話は殆ど入ってきていない。自分でも理由は分からないのだが、ちゃんと聞いたところで得をするとは思えなかった。
時折大きな声で話す言葉だけ拾っていれば、なんとなく話の大筋は見えてくる。
その傾向が見えているからこそ、とも言えていた。
「はぁ……それでよくここまで追いかけてきたものね」
深いため息をつく音が、ディアドラから聞こえてきた。後ろ姿しか見えないが、とことん呆れ果てているような表情が、アレンには想像できてしまう。
「普通ならそこで諦めるものじゃないかしら?」
「フッ、僕のあなたに捧げる愛を、甘く見てもらっては困るというものですよ」
キランと歯を輝かせながら笑みを浮かべてくるローマンだったが――
「……えぇ~?」
怪訝な表情を浮かべ、少しだけ体ごと後方へ下がるディアドラの横顔が、アレンも確かに見えた。
かくいうアレンも、よくそこまで格好つけられるものだと、逆にローマンに対して感心すらしてしまうほどであった。
無論、それも皮肉であり、友好的な気持ちは一切ない。
「流石に僕も、誰にも何も言わずに姿を消したディアドラ様を探すのは、かなり手こずらされましたよ」
「いや、手こずるどころか普通は無理だからね?」
魔界から飛び出している以上、他国の様子を調べるのは、いくら貴族と言えど容易なことではない。おまけに地位や立場を全て捨てて出奔している人物など、誰も気に留めないのが普通であり、見つけるのは不可能に等しい。
そう考えれば、ディアドラのツッコミは実に妥当と言えるのだが、ローマンにはまるで通じる様子もない。
「こんなこともあろうかと、秘密裏に結成していた『ディアドラ様ラブ親衛隊』を総動員した結果、あなたが人間界へ飛んだという情報を得ました」
「……ちょっと待って。色々と理解できないことが多いわ」
「難しく考える必要はありません。僕の愛が深いと認識していただければ」
「それが一番受け入れがたいのだけど」
「ハハッ、やはりツンツンしておられるディアドラ様も可憐だ。実に素晴らしい」
「お願いだから少しは『会話』をする努力をしてくれないかしらね?」
完全に自分の世界に入り込んでいるかの如く、ローマンが気持ち良さそうな笑みを浮かべるのに対し、ディアドラはどこまでも不快そうに表情を歪めている。
ちなみにアレンはというと――
(なんてゆーか……いつまで続くんだろ、このやりとりって?)
そんな二人の姿に対して、心から冷めた表情をしていた。
端的に言えば『飽きて』いたのだ。
ローマンの狙いもディアドラの気持ちも、今のやり取りを聞けば大体分かる。互いが互いに一方通行状態であり、歩み寄れる可能性はゼロに等しいことも。
しかしここで、下手に口を出すのもよろしくない――そう思った。
長剣は未だまっすぐ向けられたまま、微動だにしていない。アレンはそろそろ、そのことに対して窮屈に感じていた。
(ディアドラがいてくれているから怖くはないけど、安心もできないよなぁ)
確かに彼女は強い。しかし万全ではないことも分かっているつもりだ。なにより頼りっきりにするのもどうかと思えてしまう。
とはいえ、この状況を打開する策が、現状ないのも確かではあった。
(今はとにかく一言でも、余計なことを話さないに限る、か……)
なんとも情けない話ではあるが、それ以外に自分のできることはなさそうだと、アレンは改めて思い、心の中でため息をついた。
「まぁ、いいわ。とにかくこれだけは言わせてちょうだい!」
するとここでディアドラが、話を畳みかけると言わんばかりに、苛立ちを込めた口調で切り出す。
「ローマン! 私があなたの想いに答えることはないわ。何故なら――」
そしてディアドラは勢いよく、アレンの腕に抱き着いた。
「私はアレンと結婚するんだから! 彼以外の男性なんて考えられないもの!」
「…………へっ?」
突然のカミングアウトに、アレンのほうが先に、間抜けな声を出すのだった。
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