008 開き直るアレンと乱入者
(うーん、しかしなんてゆーか……)
その一方でアレンは、妙に複雑な気持ちを抱いてもいた。
(我ながらアッサリし過ぎてる感じもするよなぁ。あの村に対しては、思い入れもかなり大きかったはずなんだけどねぇ)
それは間違いないという自信は、アレンの中に確かにあった。しかし今、どうでも良くなったという気持ちを口に出してみたが、それはそれで心の中で、妙にしっくりきているのもまた確か。
やけっぱちがないと言えば、恐らく嘘にはなるだろう。しかし今しがた発言したものを否定するほうが、もっと大きな偽りになってしまうような気がしていた。
「――何か悟ったような感じね?」
ディアドラの声が聞こえてきた。視線を向けると、覗き込むように優しげな笑みを浮かべてきている。
「少し見つめ直してみたみたいだったけど?」
「うん。まぁね……」
アレンは照れくさそうに頬を掻いた。
「所詮はその程度の気持ちしかなかったのかなぁ、って……ちょっと思った」
なんだかんだで、子供が思い描く漫然とした『夢』に過ぎなかったのだと、アレンはようやく気付いたような気がした。
同時に、胸の奥がスッキリしたような感じもしている。
晴れやかな気分だった。故郷に対して思うことこそはあるが、少なくとも悩むほどの未練はなかった。
「あれだけ語っといて、結局はそれかよって思うかもしれないけどね」
「別に、それはそれでいいんじゃないかしら?」
その言葉にアレンが軽く目を見開いて振り向くと、ディアドラが風に揺れる木々を見上げていた。
「誰しも夢中になって思い描いて、がむしゃらに突き進むことはあるものよ。大切なのは、本当にその価値があるのかを見極められるかどうか。一度立ち止まって見直せないまま、大人になっても突き進み続ける人はたくさんいるわ」
「……そーゆーもんか」
「えぇ」
ぼんやりと呟くアレンに、ディアドラは頷く。確かな自信を込めながら。
「だからアレンも、ここで一度見直すことができた――それは人生において避けては通れない大切なことだと、私は思うわね」
ディアドラはハッキリと言い切った。そんな彼女の姿が、アレンにはとても大きな何かに見えていた。
出会った時のような輝かしさとはまた違う、手が届きそうで届かない何かに。
「なんか……流石は元魔王様って感じがするね。凄い説得力だと思うよ」
「ふふ、ありがと♪」
しかしすぐさまその表情は、年相応とも言える笑顔となった。何気にコロコロ変わるなぁと思いつつ、アレンは少し考える。
(一度立ち止まって見直す、か……)
思えば初めてのことかもしれない。今まではずっと、村での生活のことしか考えてきていなかった。
しかしそれも、今日で終わりを迎えた。
もう迷うこともない――アレンはそう思いながら立ち上がった。
「よーし! それじゃあ僕も、このままどこか遠くへ行ってみようかな」
思いっきり両腕を天に向かって突き上げながら、アレンはそう宣言した。
声に出すことで、自分の中でしっかりと決意が固まってゆく。そのスッキリとした笑みは、決して強がりなどではなかった。
「ちょうどいい機会だし、僕の新しい人生のスタートだ!」
「もう村には帰らないのかしら?」
「うん。このままお別れする。何の未練もないし」
アレンのハッキリとした頷きを見て、ディアドラも安心したように微笑む。気持ちの整理が付けられたことを、素直に喜んでいるのだった。
「――あ、そうだ。ディアドラさえ迷惑じゃなければ、なんだけどさ」
するとここでアレンが、はたと思いついたように振り向いてきた。
「しばらくの間、僕と一緒に行動してくれないかな? 偉そうに決意しといてなんだけど、僕は戦う力も全くないからさ。ディアドラがいてくれると、正直僕としては凄く助かるんだけど……」
少し恥ずかしそうに頬を掻き、アレンがはにかんでくる。どうしたんだろうと首を傾げていたディアドラは、完全にポカンと口を開けて呆けていた。
返答がなく、その表情のみの反応を見て、アレンも気まずそうに笑う。
(ヤバい……流石にちょっとぶしつけが過ぎたかな?)
思えばスタンピードから助けてくれたというのに、更なるお願いをするなんて、図々しいにも程がある。これ以上の注文は、どう考えてもディアドラにとっては迷惑以外の何物でもないだろう。
(そうだよなぁ。少し考えれば分かることだったじゃないか。ディアドラの優しい笑顔を見て、僕もつい甘えてしまっていたらしい)
世の中はとても厳しいものだ。優しい笑顔が一転することも少なくない。今がまさにその時なのだろうと、アレンは考える。
せめてここは、自分から申し出を取り消すべきだと、そう思った。
「ごめん、ディアドラ。やっぱり迷惑そうだから、今のはなかったことに――」
「う、ううん! 違うの! そうじゃないの!」
しかしディアドラから出てきた反応は、アレンの想像とは違っていた。てっきり涼しい笑みを浮かべ、「分かってくれたみたいね」と言って、そのまま颯爽と去っていくのだとばかり思っていたのだ。
まさかここまで取り乱しながら、声を上げてくるとは――これはこれで初めて見る彼女の姿に、アレンも戸惑いを抱いてしまう。
「え? 違うってつまり……」
「コホン。あなたの申し出は迷惑なんかじゃないということよ」
思わず声に出してしまうほどの、大きな咳ばらいを一つし、ディアドラは強引に冷静さを取り戻す。
そしてしっかりと顔を上げ、アレンの目を見ながら真剣な表情を向けてきた。
「それよりも、アレンさえ良ければ、私とけ――っ!?」
ディアドラの言葉が止まった。同時にある方向に鋭い視線を向け、身構える。
しっかりとアレンのことを庇うように前に出ながら。
「――見つけましたよ、ディアドラ様」
殆ど音を立てることなく、その者はどこからか飛び降りてきた。そしてゆっくりと顔を上げる。
「な、何なんだ……一体?」
突然の展開に混乱しながらも、アレンはその人物をマジマジと見つめる。
頭の左右に生えている大きくて立派な角からして、それが魔族の男であることは明らかだった。羽織っているマントは安っぽくて小汚いものだったが、その下に着ている服は上質であり、とても庶民には見えない。
「城から姿を消したかと思いきや、こんな人間界の山奥に来てたんですね。さぞかし楽しい観光だったでしょう?」
浮かべてくる表情と穏やかな口調が、どこまでも胡散臭さを感じてならない。アレンはチラリとディアドラのほうを見てみると、彼女の表情も『忌々しい』と言わんばかりに歪んでいた。
「ローマン……あなた、どうしてこんなところに?」
「決まっているじゃありませんか」
ディアドラからローマンと呼ばれた魔族の男は、ニヤリと笑いながら、腰に携えている長剣を抜いた。
「迎えに来たのですよ。我が愛しのあなたを、僕の妻にするためにね」
ローマンはそう言いながら長剣の刃を突きつける。その切っ先は、ディアドラに庇われているアレンに向けられていた。
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