004 アレンの経緯



「――ミッシェル?」

「うん。僕の幼なじみで、同い年の女の子だよ」


 隣に座って尋ねてくるディアドラに、アレンは木漏れ日を見上げながら頷く。


「僕たちはずっと一緒だった。いつどうやって出会ったのかも覚えてないくらい、当たり前のようにすぐ傍にいたんだ」

「ふーん。可愛かったの?」

「傍から見れば、そうだったんじゃないかな。他に同年代の子はいなかったから、比較のしようもなかったけどね」


 苦笑するアレンに、ディアドラは複雑そうな表情を向ける。

 果たしてその笑みには、どのような意味が込められているのか。それをこれから彼は話すのか、それともはぐらかしてくるのか。

 そんな想いがグルグルと彼女の頭の中を渦巻く中、彼は話を再開する。


「きっとこれからも、ずっとこんな日が続いていくんだろうなぁ――とは思っていたんだよ。僕もミッシェルも、ずっと村で暮らしていく考えではいたからね」


 アレンの暮らしていた山奥の村は、言ってしまえば閉鎖的な環境だ。自然と同じ村で生まれ育った子供同士が、やがて大人になって結婚する。

 ミッシェル以外に同年代の異性がいないともなれば、自然と将来の相手も決まってくるものだ。それが当たり前なのだとアレンも思っていたし、周りも特に疑問を抱くことは全くなかった。


「けれど――」


 アレンの表情が、若干の険しさを帯びる。


「ちょうど一年前だったかな。帝国から神官さんがやってきたんだ。そしてミッシェルに目を定めて、何か儀式みたいなことを初めたんだ」

「……そして彼女が聖女に選ばれた?」

「ご名答。よく分かったね」

「魔界でも結構な話題になっていたのよ。人間界で次期聖女が誕生したってね」


 聖女の誕生は、そう上手く発覚するものではない。そもそも当代の聖女が生きているうちに次期聖女が生まれるのか――もしくは覚醒するのか。それすらもまともに分かっていないのが現状だ。

 おまけに聖女は、人間にのみ生まれてくる存在として言われている。

 それがどのような理屈なのかは、ディアドラも分からない。そもそも考えたことすらない。

 『当たり前』という免罪符が、そう意識を働かせた形だ。

 実際それで何かが困ったという歴史もない。だから余計に免罪符が正当化してしまうのも、無理はないと言えてしまう。


「それと同時にこんなウワサも流れてたわ。勇者が動き出したってね」

「うん。まさにそのとおりだよ」


 ディアドラの言葉に、アレンは苦々しい表情を浮かべる。


「聖女だと発覚するなり、神官さんたちはミッシェルを帝国へ連れてった。あれは問答無用もいいところだったよ。こっち側が意見する余地なんて、全然与えられなかったからね」

「……目に浮かんでくるようだわ」


 それもまた、よくある話の一つだとディアドラは思う。ダイレクトに言わなかったのは恩情のつもりだった。


「その選ばれた幼なじみさんは、それから?」

「うん。ずっと音沙汰がないまま帝国にいたよ。それから一年経つ頃……ついこないだのことだね。何の連絡もなくいきなり村に帰ってきたんだ」


 アレンは途轍もなく深いため息をつき、そして言った。


「――セオドリックとかいう、男の勇者と一緒にね」


 長身で顔の造形も非常に整っており、実に身なりのいい姿をしていた。貴族の出身なのかと思われたが、アレンからすればどうでも良かった。

 問題は、帰ってきて早々笑顔で放たれた、ミッシェルの言葉であった。


「私、勇者様と結婚して、帝国で暮らすことにしました――そう言ってきたよ」

「それだけ聞くと、何の迷いもなく幼なじみさんが言い放った、って感じにも聞こえるけど?」

「感じじゃなくてそのまんまさ。ミッシェルは勇者を選んだんだよ」


 アレンは直接的な表現こそ避けてはいるが、ディアドラにはその裏に隠された内容がありありと想像できてしまう。

 セオドリックという存在も、ディアドラは魔王として知っていた。

 絵に描いたようなイケメンであり、彼を狙う女は多い。そして彼自身もまた、爽やかな笑顔の裏で、虎視眈々と女を狙っているらしいという噂も。

 それが本当かどうかは定かではない。

 しかし、その噂を重ねれば、今のアレンの話も辻褄が合ってくる。むしろ点と点が線で繋がったような気持ちにさえなっていた。


「わずか一年で染まってしまったんだ。十五年以上暮らしてきた村のことなんて、アイツにはもはやどうでも良くなっていたんだ。人間、ここまで呆気なく裏切られるものなんだなって、その時ばかりは笑えてきちゃったほどさ」


 重々しい口調で淡々と語るアレン。彼の表情は笑みこそ浮かべているが、その目は全くと言っていいほど笑っていなかった。

 気持ちは分かる気がした。少なくとも聞いていて、全くいい気分はしない。

 しかし全ては想像でしかない。彼の気持ちを全て理解するなど、自分には不可能だとディアドラは分かっているつもりであった。

 今さっき出会ったばかりの、赤の他人に過ぎないのだから、と。


「なるほどね……」


 それでも、聞いて話すことはできる。抱いている気持ちを伝えることで、少しでも彼の心を和らげられれば――そんな想いを胸に、ディアドラは言う。


「その勇者くんに寝取られたのを、アレンは恨みに思ってるってわけか」


 ずっと一緒にいて、婚約者も同然の関係だったというのに、ほんの少し特別な存在と化した瞬間、コロッと乗り換えられてしまった。

 なんとも哀れなものだとディアドラは思う。

 よくある話だと言われればそれまでなのだが、実際にその手の話で傷付いている人がごまんといるのも、また確かだ。現に目の前にもそういった人がいる以上、下手にないがしろにはできない。

 しかし――


「いや、それについては、結構どうでも良かったりするんだよね」


 肝心のアレンは涼しげな笑顔で、しれっと軽やかに言い放つのだった。


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