003 ディアドラの正体



「――えっ、魔王?」

「えぇ、そうよ」

「それってその……誰が?」

「私が」


 あっけらかんと答えるディアドラに、アレンは呆然としている。冗談で言っているのかと思ったが、それにしては彼女が嘘を言っているようには感じない。


「……マジ?」

「えぇ」


 恐る恐る問いかけるアレンに、ディアドラは笑みを浮かべ、迷いなく頷いた。それ以外に答えなどない、と言わんばかりに。

 否――本当にそれ以外ないのだろう。

 流石にアレンも、そう認識するしかないと思った。

 にわかには信じがたいが、とりあえずここは受け入れるしかない。できれば聞かなかったことにすらしてきたくなっていたが、それも恐らく不可能だろうと、何故か思えてならない。


(でも……改めて確認してみるくらいは、いいよな?)


 アレンは心の中でそう呟きながら、コホンと一つ咳ばらいをした。


「ディアドラは、魔王『だった』ってことでいいんだよね?」

「そうよ」

「僕の知識に間違いがなければ、あなたは魔界のトップに君臨していたと……」

「えぇ、正解よ。アレンはしっかり学んでいるのね。感心するわ」

「それはどーも」


 褒められているのに、嬉しさは感じない。そんなことよりも早く、この胸につかえているものを、どうにかしたくて仕方がなかった。

 しかし焦ったところで、望む答えが得られるとも思えない。

 アレンは必死に心を落ち着かせ、一つ一つ確実に質問を重ねていくようにする。


「話を戻させてもらうけど……ディアドラは魔王だった。しかし追放されて、そのまま身一つで魔界を飛び出してきた」

「えぇ」

「そしてなんとなく人間界にやってきたところ、この山でスタンピードが発生していることに気づき、様子を見に来たら僕が逃げているのを見つけ、魔物たちをなぎ倒して助けて今に至る――って、ことでいいのかな?」

「そのとおりよ。理解が早くて助かるわ」


 ディアドラが満足そうに頷くが、アレンの表情は訝しさが浮かんだままだった。

 確かに彼女の経緯は、驚きこそ大きいが内容的にはシンプルだ。故にそれほど考える必要もなく、理解するだけなら容易いと言える。

 もっとも、それで納得できるかどうかは、全くの別問題であったが。


「父親である先代の魔王が亡くなって、新しく魔王の座に就いたところを、弟さんのクーデターによって、あっという間に乗っ取られちゃったと」

「えぇ。弟の……ジェロームの腕と人脈の強さを、私は正直侮っていた。まぁ、私も所詮それまでの腕しかなかったってことね」


 肩をすくめるディアドラに、アレンは目を細くする。


「やけにあっさりと諦めてるんだね?」

「結果が出ている以上、下手にもがいたところで意味ないもの。昨日のことよりも明日のことを考えていくほうが、よっぽど合理的だわ」

「……まぁ、確かに」


 彼女の言っていること自体は正論だと思うため、アレンも頷くしかない。なんとなく『不可解』な点も浮かんではいるのだが、ここでそれを挙げても望む返答がもらえるような気がしなかった。


(とりあえず、ディアドラは敵ってわけでもなさそうだしなぁ……)


 それこそ根拠はなかったが、アレンはなんとなくそう感じていた。しかし言えそうなこともある。

 そもそも敵だとしたら、こうして生きていること自体がありえないという点だ。

 少なくとも、こうしてのんびり話す理由はないだろう。仮に何か良からぬことを企んでいたとしても、単なる村人に仕掛ける価値があるとは思えない。


(しかしなんてゆーか……随分と、開き直り過ぎてる感じもするんだよなぁ)


 アレンは頬杖を突きながら、ディアドラをマジマジと見る。とても追放されてきたとは思えないほど、スッキリとした笑顔であった。

 一方、そんなアレンの視線に気づいたディアドラは、小さな苦笑を浮かべる。


「なぁに? ジロジロ見ちゃって――私の美貌に見惚れてたのかしら?」

「そんな感じっスね」


 アレンの返答は、まさに反射的であった。考え事をしながらであったため、自分が何を言ったのかすら理解していない。

 一方、ディアドラは数秒ほどきょとんとしたが、急速に顔が真っ赤になる。


「や、やぁね、アレンったら! 褒めても何も出ないわよ?」

「……急にどしたん?」


 訝しげな表情から一転、大丈夫かと問いかけたくなるくらいに、ディアドラの反応を心配する。

 そんなアレンの薄過ぎるリアクションに、ディアドラは苛立ちを募らせた。


「あっ、あなたが変なことを言うからでしょうが!」

「変なこと?」

「美貌に見惚れてたとか――」

「それを言ったのはディアドラでしょ?」

「そうだけど! それは確かにそのとおりなのだけどっ!」

「……何が言いたいのさ?」


 真っ赤な顔でわたわたと慌てふためくディアドラに、アレンは冷静な表情と口調で問いかける。もはや最初とは完全に逆転している現象だが、当の本人たちは互いにそのことを全く気づいていない。


「と、とにかくっ!」


 ディアドラが必死に声を張り上げる。そしてアレンに向けてビシッと人差し指を突き出してきた。


「そんなことよりも、アレンの経緯を教えてほしいわ! たった一人でこんな山の中を魔物から逃げ回るだなんて、どう考えても普通じゃないもの!」

「別にいいけど……」


 対するアレンの表情は、再び浮かないそれへと変化する。


「人を指さすのは、正直どうかと思うよ?」

「アレン。魔王たるもの、そんな些細なことは気にしないものなのよ!」

「いや、魔王だからこそ気にするべきじゃないかなぁ、とか……」

「い・い・か・らっ!」


 ディアドラは遂に声を荒げる。話が一向に進まないことに苛立っているのだ。


「早くあなたの経緯を教えなさい! 私はそれが知りたくて仕方がないの! さもないと襲うわよ? むしろそっちのほうがお望みかしら?」


 顔を近づけながら、ディアドラはアレンに問いかける。さりげなく豊かに張り上がった胸元を、彼の目の前に突きつけ、強調させる形を取っていた。

 世の多くの男は、これだけで少なからず性的な興奮を覚えることだろう。

 しかし――


「あ、うん。じゃあ話すよ。まだ死にたくないし」


 アレンはどこまでもあっけらかんとしつつ、ディアドラから距離を取るべくスッと後ろに下がってしまった。

 その淡白にも程がある反応に、ディアドラは悲しげな表情と化す。


「……どうして? 他の男なら顔を真っ赤にしてくるのに、何で彼は当たり前のように平然としてるのかしら? まさか男同士のほうが……ううん、あり得ない。そんな情報はどこにもなかったハズだもの! きっとこれは何かの――」


 小声でブツブツと呟くディアドラの言葉は、アレンの耳には微妙に入ってきてはいなかった。

 なんとなく聞いたら面倒になりそうだと思ったため、とりあえずここはスルーでいいかと自己完結し、アレンはため息をつく。


(僕の経緯ねぇ……正直、どこから話したらいいものか……)


 少し思い出してみただけでも、この短期間で色々とあり過ぎた気がする。

 省略できそうな部分もあまり見つからなかったため、ひとまず幼なじみが聖女に選ばれた部分から語ることに決めたのだった。


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