きっと、それは必然

 情報収集を終え、私とイズは国境へ帰ることにした。

 荷物を馬に括りつける。

 私が持っている荷物を、イズはそっと奪った。


「あ……」

「遠慮しなくていい。土産か?」

「あ、はい。その……薬草茶を見つけたので、買いました。カディ様に……」

「ふ、優しいな。だが、あいつは茶より酒のが好むぞ?」

「健康のためです!」

「ははは、わかっている」


 もう、イズってば。

 でも、こんなに打ち解けるなんて思わなかった。あんなに私を嫌っていたのに。

 ちょっとした冗談で笑い合えるなんて……私も、イズが嫌いじゃない。真面目で固い人かと思っていたけど、優しい人なのね。

 ふふ、帰ったらライ君に教えてあげよ───。


「……ラプンツェル?」

「え?」


 いきなり、声をかけられた。

 振り向くと、そこにいたのは……私がよく知っている人。


「あ───」

「ラプンツェル? ラプンツェル!! ああ、まさか、会えるなんて……」

「───グレンドール、様」


 豪華な馬車だった。

 いつの間にか、私とイズの近くに止まっていた。

 窓から顔を出していたのは、私がよく知る男性。

 グレンドール様……オブリビエイト侯爵家の、次期当主。


「ラプンツェル!! きみに話したいことが山ほど───」

「失礼」

「……なんだ、キミは」

「あなたが誰だか知らないが、我が妻を名前で呼ぶことを許可した覚えはない」

「なっ……つ、妻、だと?」

「そうだ」

「ど、どういう」

「ふん。クレッセント男爵家に聞けばいいだろう?」

「……あなたも貴族か」

「さぁな。さぁラプンツェル、行こうか」

「…………はい」


 私はグレンドール様と目を合わせなかった。

 イズに抱えられるように馬に乗る。


「ラプンツェル……っ!!」

「…………さよなら」


 最後の「さよなら」は、わざと聞こえないようにつぶやいた。


「…………」

「…………」


 イズは、何も言わなかった。

 ほんの少し馬を走らせ、すぐにペースを落とす。

 ラスタリア王国を出て少しすると、独り言のように呟く。


「───過去は変えられない。未来は作れる」

「…………」

「その涙が、過去のお前と決別し、未来へ進む力となることを願う」

「…………っ」


 私は、いつの間にか流れていた涙を拭い、小さく頷いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから移動に数日かけ、再び国境へ戻ってきた。

 道中、最初に着替えをした場所でラグナ帝国軍の隊服に着替えた。いつの間にか馬ももう一頭いたけど、イズの部下が用意してくれたのかしら。

 国境に戻るなり、門の前にいたイズは門兵に言う。


「戻ったぞ!! 至急、殿下に報告すべきことがある。このまま行くぞ!!」

「は、はい!!」

「ラプンツェル、お前もこのまま行くぞ!!」

「は、はい!!」


 門兵さんが急ぎ門を開け、私とイズは馬で殿下のいる天幕へ。

 馬から降り、私とイズは挨拶もせず天幕へ入った。


「戻ったぞ、カドゥケウス。報告すべきことがある」

「イカリオス。お前な……俺はこの軍の最高責任者だぞ? もう少し手順を踏んで」

「それどころじゃない!! いいから話を聞け」

「わかったわかった。それとラプンツェル」

「は、はい!!」


 カディ様だ……あれ、また少し痩せたかな?

 カディ様は、膨大な量の書類に目を通していた。目には少しクマができている。

 そして、私とイズを見て頷いた。


「イカリオス。ラプンツェルはどうだった?」

「ああ、彼女は強い。お前の言う通りだった」

「ははは! やったなラプンツェル、堅物イカリオスに認められたぞ?」

「う、嬉しいです」

「ははは! さて、さっそく報告を聞こう。それを踏まえた上で、ライラップス、ガルム、オルトロスの報告と照らし合わせようか」

「えっ、もうライ君たち、戻ってきたんですか?」

「ああ。つい先日な」


 どうやら、戻ってきたのは私たちが最後みたい。


「イズ、私たちが最後のようですね」

「そうだな。っく……ライラップスとガルムに嫌味を言われそうだ」

「ふふ、ライ君はそんなこと」

「……ほほう。イズ、ねぇ?」

「───ッ!!」


 しまった。カディ様の前でイズって……もう夫婦の芝居は終わったのよね。

 イカリオス隊長、赤くなってる……失態を見せたこと、恥ずかしかったのかな。


「ごほん!! 報告します。ラスタリア王国は現在、建国祭に向けての準備を進めています。建国祭には二国の重役たちも来る模様です」

「……何?」

「間違いありません。というか……町は国境が占領されていることすら気にしていない」

「…………」


 イカリオス隊長の報告に、カディ様がニヤリと笑う。

 そして、机にあったベルを鳴らすと、天幕に兵士さんが入ってきた。


「ライラップス、ガルム、オルトロスを呼べ」


 そう命令して三分後。天幕にはカディ様最強の精鋭が揃った。

 私も含め、全員が跪く。


「好機が来た。これより、三国を落とす」


 ついに来た。

 最初に落とすのはやっぱり、ラスタリア王国かな……。


「殿下、どの国から落とすんです?」


 オルトロス隊長は、「腕が鳴る」みたいな感じで笑う。

 カディ様は、力強く言った。


「ラスタリア王国、ユルゲンス王国、オリビア王国」

「「「「「……?」」」」」

「くくく、どこが一番かじゃない。我々ラグナ帝国軍は───三国同時に奇襲を仕掛け、同時に征服する。この戦いにより、大陸を成す!!」

「「「「「え……」」」」」


 三国、同時?

 え? ど、同時って……? え!?


「同時ィィィィィィィィ!? か、カドゥケウスお前、何言って」

「好機だ。三国共に油断している。どれかの国と落とせば、さすがに残った二国は戦争準備を始めるだろう。疲弊した軍に全軍攻撃を仕掛けられたら敗北する。なら……一気に攻め落とす」

「ほ、本気、なのか?」

「ああ。さすがの三国も、同時に国を落とすなんて馬鹿な真似をするとは考えていまい」

「…………」


 イカリオス隊長が黙っちゃった。

 カディ様は確認する。


「イカリオス。全軍を三分割しろ。それと同時に、戦後処理の準備もしておけ。降伏後に暴れ出す馬鹿に隙を与えないようにしろ」

「……やれやれ。わかったよ」

「ガルム、オルトロス。お前たちはユルゲンス王国を、イカリオスとライラップスはオリビア王国を落とせ。ラスタリア王国は俺。そして……ラプンツェル、お前で落とすぞ」

「わ、私ですか?」

「ああ。俺の補佐を頼む」


 これが、歴史に残るラグナ帝国皇帝カドゥケウスの『三国落とし』の始まりだった。

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