ある意味、恐るべきこと
「……馬鹿な」
「……決まり、ですね」
私とイズは、宿屋の部屋で集めた情報を整理していた。
ラスタリア王国の動きは、簡単に集まった。
本当に……本当に、あり得なかった。
「この状況で、建国祭だと……? 国境はラグナ帝国軍が占領しているんだぞ。いつ進行するかもわからない、二十以上の小国を征服した帝国を無視して、建国祭だと!?」
イズは、怒っていた。
そう……私とイズが集めた情報は、驚くべきものだった。
ラスタリア王国は、もう間もなく建国祭が行われる。城下町は、その準備に追われていた。
さらに驚いたことに、ラスタリア王国の建国祭に、ユルゲンス王国とオリビア王国の重鎮も招かれているということだ。
「決まりだな」
イズは、額に青筋を浮かべながら言った。
「ラグナ帝国軍は馬鹿にされている。三国め……本当に、殿下が大陸統一などできるはずがないと、高を括っているに違いない。くそ、カドゥケウス……この事実を知ったら、笑い転げるだろうな」
「イズ、でもこれは」
「ああ。チャンスだ」
建国祭には、ユルゲンス王国とオリビア王国の重鎮が来る。
当日入国ということはない。おそらく、遅くても一週間以内には入国するでしょうね。
「よし、もう少しだけ情報を集めたら帰還する。ラグナ帝国軍を馬鹿にしたツケ、その身をもって知ることになるだろうな」
「ええ……」
「…………ラピス」
「はい?」
「本当に、いいんだな?」
イズは真剣な表情で私を見て、部屋の窓を開ける。
窓際で煙草に火を点け、一息吸い……もう一度私に言った。
「家族や友人に、何も言わなくていいんだな?」
「はい」
私は、きっぱりと即答した。
家族に情はない。今頃、グレンドール様との婚約準備で忙しいでしょうしね。私がラグナ帝国軍にいるってことすら知らないでしょうし……今、イズから言われるまで、家族なんて忘れてたわ。
イズはもう一度だけ煙草をふかす。
「婚約者はいいのか?」
「元、です。今頃、妹と仲良くやっているんじゃないでしょうか?」
「……怒っているのか?」
「別に」
「……あ、ああ。すまん」
「なぜ、謝るのでしょうか」
顔に出てたかな……私、けっこう怒ってるのかも。
私を捨てた家族、グレンドール様を奪った妹のリリアンヌ……もし、会うことがあったら。
「私に家族はいません。故郷は……捨てました」
「わかった……もう、このことは言わない」
「はい」
イズは煙草を消し、窓から城下町を眺めた。
喧騒に包まれた、温かで活気のある街並みだ。
「征服というのは、この町から笑顔を奪うということでもある……何度も経験しているが、やはり慣れないな」
「……」
「だが、全てがそうだったわけじゃない。重税から解放された国民は、我々ラグナ帝国軍を神のように崇めたこともあった」
きっと、王の圧政に苦しめられた国があったのだろう。
そうじゃない国もあったのだろう。
でも、止まらなかった。大陸統一という夢のために。
私は、気になって聞いてみた。
「あの、イズ……カディ様はどうして、大陸統一を?」
「決まっている。『世界を全て一つにまとめ、最初の王に君臨する。そんな景色を見たい』なんていう馬鹿だからだ」
「え……」
イズは窓際の椅子に座り、優し気な笑みを浮かべた。
「あいつは、ラグナ帝国皇帝唯一の血縁でな、皇位継承権を持つ唯一の存在でもある。何もしなくてもラグナ帝国の皇帝になれるのだが……あいつは『それじゃつまらん』なんて言い出しやがってな。皇帝に言ったんだよ、『大陸統一を成した暁に、皇帝にしてくれ』ってな」
「そ、そんなことを?」
「ああ。馬鹿だろう? おかげで、あいつに取り入ろうとしていた貴族たちは全員離れた。今じゃ、カドゥケウスが死んだあとの皮算用ばかりしている。あいつを支持するために残った貴族だけが、ラグナ帝国からあいつを支援している状況だ」
「…………」
「オレの家も、その一つだ」
今、気付いたけど……イズ、自分のことを『オレ』って言うのね。
「オレの名前は、イカリオス・ファンダ・プリミティブ。ラグナ帝国では侯爵位だ」
「こ、侯爵様だったんですか!?」
「まぁな。爵位はオレが受け継ぎ、実家にいる父と祖父がカドゥケウスを支援している」
「まさか、ライ君やガルム隊長も」
「いや、あいつらは違う。ライラップスは孤児、ガルムとオルトロスは元傭兵だ。全員、カドゥケウスに惚れて付き従っている……お前と同じだ」
「わ、私は、その」
ほ、惚れているなんて……お、恐れ多い。
私みたいな、元敵兵……カディ様は使える兵士としか見ていないでしょうね。まぁ、カディ様はカッコいいと思うし、素敵な男性だと思うけど。
「ラピス?」
「は、はい!」
「全く……話を聞け。いいか? この戦いで功績を残せば、褒美としてラグナ帝国で市民権を得られるだろう。そうすれば、お前もラグナ帝国で暮らせる。お前さえよければ、その……私が、支援してやる」
「え……支援?」
「ああ。除隊し、平民として仕事に就き、結婚して暮らすという人生も用意できる」
「…………」
「あー……その、お前さえよければだが」
イズは何やら言いにくそうにそっぽ向き、コホンと咳払いした。
「その、私はまだ未婚でな」
「えっと、はい」
「その……お前さえよければ、コホン、その……」
「?」
こんなに言い淀むイズ、初めてかも。
首を傾げると、部屋のドアがノックされた。
「あ、はーい」
「失礼します。食事の支度ができました」
「わかりました。すぐに向かいます……イズ、行きましょう」
「……ああ」
なぜかイズはがっくり項垂れ、どこか疲れたように微笑んでいた。
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