謝罪

「本当に、すまんかった!!」


 私がラグナ帝国軍に入って一ヵ月。

 帝国軍は、未だに国境地帯で待機していた。どうも、反皇太子派の妨害工作により、物資を届けるのが遅れているみたいなのだ。

 でも、カディ様は想定済み。征服した国から救援物資を届けるよう、手はずを整えていた。

 さすがカディ様……先の先を読んでいるみたい。

 あ、今は目の前の……オルトロス隊長ね。


「あの、困ります。そんなに頭を下げられては」

「いや、ようやく謝罪の機会が来たんじゃ。謝らせてほしい!!」

「でも……」


 オルトロス隊長。

 彼が部下に出した許可で、エドガー先生は死んだ。

 でも、ラグナ帝国軍に入って一ヵ月……私も、なんとなくわかるようになった。

 捕虜の扱い。普通はこんなに優しくない。

 普通の捕虜は、食事だけを与えられ、厳重な見張りの元で待つしかできない。

 でも、ラグナ帝国軍は違った。見張りこそいるが、着替えもできるしお湯をもらって身体を拭いたりもできる。さらに、読書をしたり、チェスで時間を潰したりもできる。

 捕虜の扱いが軽い。だから、あんなことをしてしまったのだ。


「あんなことを始めた部下は厳しく罰した。ワシも、この統一戦争で賜る予定の資産を全て、亡くなったエドガー医師の家族に渡すと殿下に伝えた」

「えっ」


 噓……す、全ての資産って。

 オルトロス隊長は、この統一戦争では英雄的存在だ。

 そんな人が、統一戦争後に与えられる褒美なんて、莫大な財宝や領地だけで済まないはず。


「命の対価としてはささやかだが……」

「そ、そんな! そんなことを」

「悪いが、もう決めた。ラプンツェル嬢……本当に、申しわけなかった」


 オルトロス隊長は頭を下げた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 オルトロス隊長。

 年齢は三十九歳の独身。元傭兵で、『大戦斧』と呼ばれ恐れられた戦士。

 カディ様に挑んで破れ、「お前の戦場を用意してやる。俺のために戦え」と勧誘され、カディ様に忠誠を誓った。

 流れの傭兵のため家族はいない。家もない。でも、この統一戦争後に領地と爵位を与えられる……という話だったが、領地は何もない原っぱ、爵位の代わりにお金を望んだそうだ。

 理由は、「戦いが終わったら斧を置いて、畑でも耕しながら嫁さんを探したい」と。それを聞いたカディ様は、大笑いしたそうだ。


「と───ボクが知ってるのはこれくらいかな」

「なるほど……」


 今日の訓練を終え、私はライラップス……じゃなくて、ライ君とお話していた。

 場所は私の天幕。ライ君は椅子に座り、私が出した水を飲んでいる。

 ライラップス様、ライラップス隊長って言うと睨まれる。どうやら隊長って呼ばれるの、あまり好きじゃないみたい。

 年下だし、君付けで呼んだら「ま、いいけど」って……なんだか可愛らしくて、つい笑っちゃった。


「あいつ、いちいちウザいんだよね。すぐ人の肩叩くし、『野菜食え』ってうるさいし」

「ふふ、それ、ライ君のこと、心配してるんじゃない?」

「心配? でも、ボクはあいつより強いし……んー、まぁ、ギリで強いし。心配される筋合いないし」


 私は、ライ君のグラスに水のおかわりを注ぐ。


「あいつ、あんたに謝る機会、ようやくできたんだね」

「え、聞いてたの?」

「あいつの声デカいし。それに、ようやく帰ってこれたしね」


 オルトロス隊長は、物資の引取りに向かい、数日前にようやく戻ってきた。

 そして、私とライ君。


「あと、ボクたちもそろそろ任務が始まる。準備、できてる?」

「……うん」


 私とライ君は、カディ様の命令でラスタリア王国へ向かう。 

 現状のラスタリア王国がどうなっているのかを調査するためだ。


「イカリオスとガルムも、別国に行くみたい。どうやら、殿下は一年以内に大陸統一をするみたいだよ」

「い、一年以内!? ら、ラスタリア王国とユルゲンス王国、オリビア王国を!? む、無理よ!!」

「無理じゃない。殿下がやるって言ったら、やる。それに……その三国は油断してるはず。全ての小国を征服した今のラグナ帝国軍は、疲弊しきってるって思ってるはずだよ」

「そうか……むしろ、今が」

「ん、チャンス。それと、最近殿下を見た?」

「……ううん、見てないけど」


 そういえば、最近カディ様を見ていない。

 ライ君は、楽し気に笑った。


「殿下はホントにすごいよ。ラグナ帝国軍が疲弊してると見せかけて、征服国の兵士に招集をかけてるんだ。さらにすごいのは、小国の全てが反乱一つ起さず、殿下に付き従ってるってところ! 殿下のカリスマはすごいよ。元敵だってのに、小国が完璧な忠誠を誓ってるんだもん!」

「……くす」

「……な、なんだよ」

「ううん、ライ君、カディ様が大好きなんだね」

「───っ」


 あ、ライ君が赤くなった。

 最初はぶっきらぼうでトゲトゲしかったけど、今はこんな顔を見せてくれる。

 弟がいたら、こんな感じなのかな。


「~~~っ、と、とにかく! ボクとあんたは偵察任務! 気を引き締めなよ」

「はい。わかりました」

「……今日は帰る。それと、ごちそうさま」

「はい。お粗末様でした」


 ライ君は、耳まで赤くしながら私の天幕を出て行った。

 そして、ライ君が天幕を出て数分後。


「ラプンツェル。ちょっといいか?」

「はい。あ……ガルム隊長」

「入るぜ」


 入ってきたのは、私の上官であるガルム隊長だ。

 ラグナ帝国軍最高の槍の使い手で、カディ様と戦って手傷を負わせたこともあるとか。

 ガルム隊長は、ライ君の座っていた椅子に座る。


「そろそろ、偵察任務が始まるな」

「はい……」

「緊張してるか?」

「……ええ。祖国の偵察なんて」

「……お前が望むなら、オレと交代してもいい。カディにはオレから伝える」

「え?……交代って」

「オレはリステル王国偵察だ。でも、お前が代わりに行け。ライラップスもだ」

「……ありがとうございます、ガルム隊長。でも私、ラスタリア王国を偵察します」

「……いいのか?」

「はい。私はもう、ラグナ帝国軍の一員ですから」

「…………」


 ガルム隊長は頭を掻き、立ち上がり、私の頭をポンと叩いた。


「辛かったら逃げてもいい。ライラップスを盾にしてもいい……なんでもしていいから、死ぬな」

「ガルム隊長……」

「あー……上手く言えねぇな。ともかく、変な話をして悪かった。今日は早く寝な」

「はい! ありがとうございます、隊長」

「オウ。風邪ひくなよ」


 ガルム隊長は出て行った。

 なんだか、みんな優しい。

 一般兵士さんたちは、まだぎこちないけどね……でも、少しずつ馴染んできた気がする。


「…………カディ様、大丈夫かな」


 きっと、忙しいのだろう。顔を見ていない。

 私は天幕から出て、すでに黒く染まった夜空を見上げた。

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